サハラ砂漠から戻ったマラケシュで迎えた、ちょっとゆっくりめの一日。
朝は体調がすぐれず、ベッドでぐったりしていたけれど、午後からは16世紀のリヤドを改装した美しいカフェでスイーツを楽しみ、迷路のようなメディナをぶらぶらと散策。
職人の手仕事が光る皮なめし工場の見学など、観光地としてにぎわうマラケシュの中でも、「まだ残る本物の空気」に触れられる場面がいくつもあった。
夜は、サハラ砂漠ツアーでお世話になったドライバーのホスィーンさん夫妻と再会。
ジャマ・エル・フナ広場で音楽に耳を傾けたり、昔ながらの水汲みおじさんと記念撮影をしたりと、喧騒のなかにも人の温かさを感じるひとときに。
体調はいまひとつでも、マラケシュらしさをたっぷり味わえた一日だった。
体調不良の朝と、快適なリヤドでの滞在
朝から体調が優れず、午前中はずっとベッドで横になっていた。
昼過ぎにようやく起き上がり、部屋の移動と宿代の支払いを済ませる。

今回の部屋は、ダブルルームでプライベートバスルーム付き。
机やテーブルもあり、パソコン作業がしやすくてとても快適だった。
宿代は3泊で合計1,250ディルハム(=20,289円)。
ただし、エアコン付きの部屋にアップグレードした際にかかった追加料金66ユーロ(=11,233円)は、後日Agodaから返金されたため、実質の支払いは9,056円に。
1泊あたり約3,000円で、エアコンと専用バス付きの個室に泊まれたのは、マラケシュの物価を考えると、なかなかお得だったかもしれない。
お腹も空いてきたので、遅めの朝食兼ランチをとることに。
16世紀のリヤドカフェ「Dar Cherifa」で優雅なひととき

向かったのは、細い路地を抜けた先にひっそりと佇む「Dar Cherifa」。

16世紀のリヤドを改装して作られたギャラリーカフェで、外からは想像もつかないほど静かで美しい空間が広がっている。
まるで時代を遡ってタイムスリップしたかのような気分になる場所だ。

吹き抜けの天井には、何枚もの白い布がゆらゆらと風に揺れていて、その光景を眺めているだけで心がほぐれていく。

ランチメニューは少しお高めだったので、今回はスイーツと飲み物だけを注文。
ナスのクランブルは、サクサクのクランブル生地の下に、とろとろに煮込まれたナスが隠れていて、その上にはほんのり酸味のあるレモンムースクリームがふわりと重なっている三層仕立て。
ひと口食べてびっくり。
ナスとは思えないしっかりとした甘みがあり、まるで洋梨のコンポートを食べているかのような、不思議だけど美味しい味だった。
スイーツとミックスジュースで165ディルハム(=2,678円)と、ちょっと贅沢ではあるけれど、実はこのカフェは8年前にも訪れた思い出の場所。
変わらぬ素敵な空間に再び来られて、本当にうれしかった。
あえて迷いたい、マラケシュのメディナ散策

食後は、地図を見ずにメディナの中をぶらぶらと散策。
細い路地に入り込み、あえて迷うのが楽しい。

歩いていると、ところどころに小さな門のようなアーチが現れる。
古びた土壁とレンガに囲まれたそのゲートをくぐるたびに、風景や雰囲気がガラリと変わるのが面白い。

ふと気づくと、真鍮のランプがぎっしり並んだスークに迷い込んでいた。
大小さまざまなランプが天井から吊るされていて、繊細な模様が美しい。
まるでレースのように光を通すデザインに、うっとりしてしまう。
ガスマスクはミントの葉?マラケシュのタンネリ見学

そして最後に向かったのが、タンネリ(皮なめし工場)。
ここでは昔ながらの手法で革が加工される様子を見学できる場所だ。
ただし、Googleマップには「ガイドなしでは見学させてもらえず、しつこく付きまとわれる」「ガイド代をめぐってトラブルになった」など、悪い口コミも目立つ。
トラブルを避けるためにも、最初からガイドをつけることにした。
入口にいた自称ガイドの男性と交渉。
最初は「お金はいらないよ」と言いつつも、こちらから「チップは?最終的にいくら必要?」と念押しすると、「50ディルハム(=811円)」との返答。
やや高いけれど、適正範囲と判断してお願いすることに。
こういう場所では、最初にきちんと金額を確認しておくのが大事だと、過去の経験から学んでいる。

ガイドは私にミントの葉を差し出し、「ここのガスマスクだよ」と笑った。
以前フェズのタンネリでも同じことがあったのを思い出す。
強烈な匂いに備えて、ミントの葉を鼻にあてながら見学するのが定番らしい。

入口を入ると、まず道の脇にずらりと積まれた毛皮。
中には尻尾までついたものもあり、「さっきまで生きていたのでは?」と思うほどのリアルさ。

奥へ進むと、腰まで液体に浸かりながら作業する職人の姿が。
この液体は、鳩のフンや牛の尿を混ぜて発酵させた“天然なめし液”。
強烈な匂いと衛生的とは言い難い環境に、作業の過酷さがうかがえる。
それでもこの工程こそが、硬い原皮をやわらかくし、染料が入りやすい“革”へと変えるために欠かせないのだ。

大小さまざまな石の槽には、なめし液がたっぷりと張られ、うっかり落ちようものなら大惨事になりそうなほど強烈な匂いが立ち込めていた。

なめし終えた革は、水で洗われたあと、石槽の上に広げられ、太陽の下で乾かされる。
まるで巨大な革のじゅうたんのような光景。
背景には、小部屋が並ぶ職人たちの作業場が見える。

その一角では、職人が大きな一枚革の表面を刃物で丁寧に削っていた。
おそらく「デハーリング」と呼ばれる、革に残った毛を取り除く作業だと思う。
無言で黙々と作業に向き合う姿に、職人の矜持がにじんでいた。

そして最後は染色工程。
丸い槽の中に革が漬け込まれ、数日間ひっそりと眠る。
上にはカーペットのような布がかけられていて、知らなければ何が行われているのか気づかないほど。
中をのぞくと、黒っぽい液体の中に革が沈められており、じっくりと色が染み込んでいく。
使われるのは、すべて自然由来の染料。
鮮やかな発色の裏には、こんなにも地道で長い工程があるのだ。
ここで処理された革が、いずれ美しいバッグやサンダルへと生まれ変わっていくことを想像すると、感慨深いものがある。
写真を撮ってもいいか尋ねると、職人たちはみんな快く応じてくれた。
もしかすると、ガイドに支払ったチップの一部が、彼らにも分配されているのかもしれない。
無断でずかずか入り込んで写真を撮るような観光客が歓迎されないのも、当然のこと。
ガイドの案内のもと、作業を邪魔しないように礼儀をもって見学するのが、最低限のマナーだと改めて思った。
ガイドによれば、マラケシュにはタンネリが6つあるそうだ。
そのうち3箇所がアラブ系、2箇所がベルベル系。
そしてここは、アラブ系とベルベル系がミックスされた場所なのだという。
“アラブ系”や“ベルベル系”という言葉が、職人の出自を指しているのか、それとも作業工程や技法の違いなのかはよくわからなかったけれど、興味深い話だった。

見学の最後には、お決まりの革製品ショップへと案内されそうになったが、それは丁寧にお断り。
代わりに「もう1枚、記念写真を撮りたい」と伝えると、隣にあるアラブ系のタンネリにも案内してくれた。
そこでも、さっきと同じような景色が広がり、職人たちが黙々と働いていた。
まさか2箇所も見られるとは思っていなかったので、ちょっと得した気分。
ガイドは追加料金を請求することもなく、土産店に入らなかったことも咎めず、最後には帰り道まで丁寧に教えてくれた。
もしかすると今回は、なかなかの“アタリガイド”だったのかもしれない。
伝統建築リヤドの中庭で味わう贅沢な休息

タンネリを見学したあとは、近くのローカル店でフルーツサラダとオレンジジュースをテイクアウトして宿へ戻ることに。

宿「Hotel Central Palace」は、伝統的なモロッコ建築様式である“リヤド”のつくり。
建物はロの字型で、中央には吹き抜けの中庭が広がっている。
その中庭には、小さな噴水のオブジェや緑の植物が配されていて、外の喧騒が嘘のように静か。
中に入っただけで、心がすーっと落ち着く。
これまで滞在してきた宿もリヤド形式だったけれど、ここは特に中庭が美しくて、今日はこの静かな空間で軽食をとることにした。

買ってきたフルーツサラダとオレンジジュースを味わいながら、しばしの休憩タイム。
風が吹き抜ける中庭でのんびり過ごすひとときが、とても贅沢に感じられた。
そのあとは部屋に戻って少し仮眠をとり、夕方、再び外出。
ケンタッキーで語らい、フナ広場で聴いた政治の歌

今夜は、サハラ砂漠ツアーでお世話になったドライバーのホスィーンさん、そして彼の日本人の奥さま・ゆかりさんと会う約束をしていた。
お二人への手土産として、フランス菓子店でマカロンを購入し、待ち合わせ場所のケンタッキー(ジャマ・エル・フナ広場近く)へ向かう。
しばらく待っていると、お二人がにこやかに登場。
夕食は、そのままケンタッキーで一緒にチキンをつまみながら、ゆかりさんといろいろなお話をすることができた。
代金はこちらで出そうと思っていたけれど、ゆかりさんが「せめて50ディルハムだけは払わせて」と申し出てくれた。
けれど、ありがたい気持ちだけ受け取って、お金は遠慮させてもらった。
そして私はこっそり、ホスィーンに100ディルハムを手渡した。
というのも、彼がツアーの最中に自腹で400ディルハムの罰金を払っていた件が、ずっと心に引っかかっていたから。
昨日のチップと合わせて、少しでもその足しになればという気持ちで渡させてもらった。

食後は3人で、ジャマ・エル・フナ広場を少しだけ散策。
ふと、ひときわ大きな人だかりができている場所があり、近づいてみると、路上パフォーマンスのグループが歌と楽器の演奏を披露していた。
ゆかりさんによると、彼らは「モロッコの独立前の政治体制を憂う歌」を披露しているのだという。
お気に入りのパフォーマーらしく、「ちょっとだけ聞こう」となり、3人で立ち止まった。
この歌は、フランスの植民地支配下で自由を奪われた時代の人々の怒りや苦しみを表現したものだそうで、嘆きや希望を込めたメロディーが印象的だった。
歌詞の意味は正直わからなかったけれど、どこか切なく、力強く響いていて、まるで何かを訴えかけてくるような情熱が伝わってきた。
こんなにも観光客であふれる広場の一角で、今もなお歴史や政治を歌い継ぐ人たちがいる──その光景に、胸を打たれるものがあった。
ただ、周囲にはチップを払わずに聞き続けている野次馬も多く、やがて演奏が途中でストップ。
するとパフォーマーの男性が、「チップがないと再開しないよ!」と観客に向かって語りかけるような寸劇が始まり、それを見て笑う観客たち。
実は、最初の20ディルハムも、ホスィーンが3人分として支払ってくれていたのだけど、それでも再びチップを要求される展開に。
こういう場では、外国人は“財布役”としてあてにされやすい。
誰も追加で払おうとしない中、ホスィーンは文句ひとつ言わず、さらに20ディルハムを追加で支払ってくれた。
その後、お二人と別れ、一人で広場をもう少し歩いてみる。

広場で目を引いたのは、カラフルな民族衣装に身を包み、じゃらじゃらとベルを鳴らす「水汲みのおじさん」。
モロッコでは昔、水を担いで街を歩き、人々に飲み水を分けていたという伝統的な職業だったそうだ。
今では観光向けのパフォーマンスとして、記念撮影でチップをもらうスタイルに変わっている。
笑顔でポーズを決めてくれたおじさんに、10ディルハム(=162円)を手渡して記念写真を撮らせてもらった。
今日は、美しいリヤドを改装したカフェでのスイーツタイムに始まり、タンネリの見学、ホスィーン夫妻との食事、フナ広場での音楽鑑賞と、盛りだくさんの一日。
体調は万全ではなかったけれど、それでもマラケシュの多面的な魅力──歴史、文化、人との出会い──をしっかり感じられた、充実した一日だった。
8月3日:使ったお金
今日は宿代(3泊分)も支払ったので、出費はやや多め。
・宿代(3泊分):1,250ディルハム(=20,289円)
※うち、66€分(=11,233円)が返金されたため、実質支払いは9,056円
・昼食(ナスのクランブル等):165ディルハム(=2,678円)
・水:4ディルハム(=64円)
・タンネリガイド代:50ディルハム(=811円)
・フルーツ:20ディルハム(=324円)
・オレンジジュース:10ディルハム(=162円)
・プレゼント代(マカロン):85ディルハム(=1,379円)
・夕食代(ケンタッキー):142ディルハム(=2,304円)
・お礼代:100ディルハム(=1,623円)
・写真チップ:10ディルハム(=162円)
合計:18,563円