イキトス滞在もいよいよ後半戦。
4日目と5日目は、この町の“表と裏”をのぞき込むような時間になった。
ベレン市場には、ワニやカメ、正体のよくわからない小動物の肉が並び、さらに魔女の儀式に使われそうな怪しげなものまで売られている。
すぐ隣には水上スラムが広がり、観光では見えにくい現実がそこにある。
一方で、蒸気船の博物館ではゴムブームの歴史を知り、この地がかつてどれほど栄え、そしてどのように衰退していったのかを学ぶことに。
イキトス最後の夜は、歴史的建築「鉄の家」でゆっくりと過ごす。
いろいろ考えさせられる、イキトス後半の時間。
2月22日 ベレン市場と水上スラムを歩く、アマゾンのリアル

イキトス4日目の朝。
この日は9時過ぎに、ベレン市場へ向かった。
ここは、アマゾンの日常がそのまま詰まった、イキトス最大のローカル市場。

とれたての魚や新鮮なお肉、見たことのない果物や薬草まで並び、生活に必要なものがすべて集まっている場所。
特に朝は活気があり、訪れるならこの時間帯がいちばん面白い。
ただし、貧困地区の近くにあることもあって、治安はあまりよくない。
人も多く、スリも発生しているため、歩くときは常に周囲に注意が必要だ。

市場のすぐ近くには、水上スラムが広がっている。
貧困や衛生面の問題も抱えていて、決して安全とは言えないエリア。
それでも好奇心が勝ってしまい、気づけば足がそちらへ向いていた。
本来であれば、昼間でも女子ひとりはもちろん、外国人観光客が気軽に立ち入るような場所ではない。
訪れるならガイドを伴うのが無難。
周囲の様子をよく観察しながら、奥に入りすぎないように意識して、慎重に歩いた。

細い木の板が通路代わりになっていて、その上を人々が行き来しながら生活している。
電柱は立っていて電気は通っているようだったけど、上下水道が整備されている様子はなかった。

足元のすぐ下には濁った水が広がり、その上には大量のゴミ。
こういうゴミの多い場所は、だいたい治安もよくない。
長居は無用だと感じて、早めにその場を離れることにした。
※この先、少しグロテスクな写真が出てきます。苦手な方はご注意ください。

市場に戻り、物珍しいものが並ぶ中を歩きながら、ゆっくり物色。
すると、豪快にぶつ切りにされたワニ肉が目に入る。
よく見ると、ワニの手がそのまま並べられていて、思わず足が止まった。

別の屋台では、ワニ肉を炭火で焼いて販売している。
香ばしい匂いが漂っていて、見た目のインパクトとは裏腹に、意外と食欲をそそられる。

ハナグマのような、小型の動物の肉も売られていた。
内臓を取り出しただけで、ほぼ丸ごとの状態のまま並べられている。

カメの肉も売られていた。
頭と手の部分だけが切り分けられ、上半身だけの姿。
普段は甲羅に覆われた姿しか見ていないだけに、なんとも不思議で、少し新鮮な感覚になる。

市場の中には屋台も並んでいて、炭火焼きの肉や魚がずらり。
どれも美味しそうで、朝からしっかり食べている人が多いのにも驚かされる。

アマゾンの田舎タバコ「マパチョ」。
刻んだ葉をその場で巻いて作る手作りのタバコで、アヤワスカセレモニーの際にシャーマンが吸っていたものでもある。
単なる嗜好品というより、どこか儀式的な意味合いを持つ存在に感じられる。

物欲しそうに見ていたからか、タバコを1本もらった。
試しに吸ってみると、かなり強くてびっくり。
さすがにタダでもらうのは気が引けたので、1ソル(=45円)をお礼として置いていった。

タバコを吸いながら歩いていると、どこか怪しげな通路にたどり着く。
まるで魔女が儀式で使いそうなものが並び、独特の雰囲気。
伝統的な薬やハーブなどがずらりと並んでいた。

その中には、シャーマンがセレモニーで使っていた葉によく似たものもあった。
浄化作用のある葉なのだろうか、と想像が膨らむ。

お土産用なのか、儀式用なのか。
用途がよくわからない、どこか怪しげな藁人形も吊るされていた。

ワニの頭に赤い実とリボンが飾られたものも売られている。
最初は何なのかわからなかったけど、お守りや魔術的な意味を持つものなのかもしれない。
食べ物というより、どこか儀式の気配を感じる存在だった。

少し小腹が空いて、小エビを3ソル(=137円)で購入。
歩きながらつまんでみると、かなり塩分が強い。
もしかすると、そのまま食べるものではなく、調味料用だったのかもしれない。

11時前、市場を離れて「PILI CAFÉ」という人気カフェへ移動。
店内はエアコンが効いていて、外国人観光客の姿も多い。

朝食セットは28ソル(=1,279円)。
イキトスでは少し高めだけど、その分ボリュームもあり、味も満足できる内容だった。
この日の午後は部屋でゆっくり過ごし、夜もお菓子を食べて、外には出ずに静かに過ごした。
2月23日 蒸気船とゴムブームの歴史、イキトス最後の夜

イキトス5日目。
この日は夕方まで部屋でゴロゴロと過ごす。
重たい腰をようやく上げて、15時頃に外へ。
向かったのは、以前も訪れたDawn On The Amazon Café。
少し遅めの昼食に選んだのは、ストロベリーボウル。
バナナやチアシードを合わせたベースに、パイナップル、チョコチップ、白キヌア、りんごがトッピングされている。
さっぱりとした味わいで、暑いアマゾンでもすっと体に入ってくるのが嬉しい。

昼食後は、アマゾン川沿いに停泊する蒸気船「アヤプア号」へ向かう。
ゴムブームの時代、アマゾンの物流を支えていた蒸気船を改装したもので、現在は「Boat Museum」として公開されている。
入場料は10ソル(=457円)。
気軽に立ち寄れるのもありがたい。

船内には、当時の航海や貿易に関する展示が並んでいる。
探検や河川航行、そしてゴム産業の発展を支えた人々の歴史。
一つひとつの展示から、当時の空気が静かに伝わってくる。

機関室の炉も見学することができた。
薪を燃やし、水を沸騰させて蒸気を生み出す仕組み。
流れの速いアマゾン川を遡るには、この蒸気の力が欠かせなかったという。
それまでほぼ不可能だった上流航行を可能にし、交易ルートを切り開いた原動力。
まさに、この船の心臓部だ。

アマゾンに比較的早い時期に入り、活動していたのは宣教師たち。
彼らは布教だけでなく、探検や調査も行っていた。
アマゾンの動植物に関する初期の知識の多くは、こうした観察や記録によって残されている。
病気や先住民との衝突で命を落とした者も多かったという。
それでもキリスト教を広めようとするその強い信念には、思わず圧倒される。
宗教の力の大きさを、改めて感じる。

ゴムブームで莫大な富を築いた「ゴム男爵」。
ヨーロッパからやってきた白人の富裕層で、贅沢な暮らしをこの地に持ち込んだ存在だ。
洗濯物すらヨーロッパ(イギリス)へ送っていたという徹底ぶり。
その影響で、イキトスは一時的に華やかな都市へと姿を変えた。

ヨーロッパ風の暮らしと華やかな生活。
それらはすべて、アマゾンの豊かな資源の上に成り立っていた。
彼らは一瞬でこの地にやってきたけど、ゴムブームの終焉とともに、去る時もまた一瞬だった。

その一方で、ゴムブームの裏側には目を背けたくなる現実がある。
先住民たちは鎖でつながれ、ゴム採取のために過酷な労働を強いられていた。
規定量を集められなければ、暴力や処罰が待っている。
多くの命が失われたとも言われている。

ジャングルの奥地で採取されたゴムは、こうして集められ、イキトスへと運ばれる。
そして蒸気船に積み込まれ、ヨーロッパへ。
この流れが巨大な富を生み、イキトスやマナウスといった都市を一気に発展させた。

しかし、その繁栄も長くは続かなかった。
きっかけとなったのは、この小さな種。
1876年、イギリス人ヘンリー・ウィッカムがゴムの種子を持ち出し、東南アジアへと運ぶ。
やがてプランテーションでの大量生産が始まり、アマゾンの優位性は一気に崩れた。
イキトスやマナウスは急速に衰退していく。
これは、生物資源を無断で持ち出し利益につなげる「バイオパイラシー」の代表例とも言われている。
今では問題視され、許されない行為。
それでも当時は、こうしたことが当たり前のように行われていた。
歴史上最大級ともいわれるバイオパイラシーの象徴だ。
かつてのヨーロッパが南米に対して行ってきたことの重さを思うと、胸が少し重くなる。
そんな気持ちのまま、博物館を後にした。

イキトス最後の夜。
少し奮発して、「Casa de Fierro」でディナーをとることにした。
パリのエッフェル塔を設計したエッフェルによる設計とされる「鉄の家」。
その2階にレストランが入っている。
この建物もまた、ゴムブームで栄えた時代にヨーロッパから持ち込まれた象徴のひとつ。
かつての繁栄を今に伝える、イキトスのランドマーク的存在だ。

店内は当時の面影を残しながら、モダンに整えられている。
歴史と現在が重なり合う、不思議な空間。

ナポリタンパスタとハーブティで42.1ソル(=2,021円)。
イキトスでは結構お高めではあるけど、有名な建築物の中で食事ができるなら妥当だろうか。
ここで食事をしていると、ハンモック船で一緒に旅をしたスペイン人のジョージと再会。
彼は三国国境地帯でしばらく滞在したのち、ハンモック船でイキトスにやってきたのだという。
お互いの旅の話に花を咲かせ、そのまま宿へ戻った。
明日は、長く滞在したイキトスを離れ、飛行機でエクアドルの首都キトへ向かう。
キトはアンデス山脈の谷間に位置する街で、標高は約2,850m。
アマゾンでの日々は灼熱だったけど、キトでは一気に気温が下がり、さらに標高も高く酸素が薄い。
体がこの気温差や標高差に順応できるか、少し不安もある。
それでも、キトの街歩きや郊外の観光はとても楽しみだ。
野鳥観測の聖地と呼ばれるミンドや、温泉で有名なパパヤクタにも行く予定。
治安の面で少し不安はあるけど、これまでと同じように気を引き締めて過ごそう。
そう思いながら、眠りについた。
2月22日〜2月23日:使ったお金
2月22日
・サングラス:15ソル(=685円)
・マパチョ:1ソル(=45円)
・小エビ:3ソル(=137円)
・朝食代(セットメニュー):28ソル(=1,279円)
・お菓子等:13.5ソル(=616円)
合計:2,762円
2月23日
・昼食代(ストロベリーボウル等):26.5ソル(=1,211円)
・博物館入場料:10ソル(=457円)
・夕食代(ナポリタンパスタ等):42.1ソル(=2,021円)
・バイクタクシー代(レストラン→宿):5ソル(=228円)
・バイクタクシー代(宿→空港):15.2ソル(=694円)
・朝食代(サンドイッチ等):30.5ソル(=1,393円)
※24日に支払ったバイクタクシー&朝食代は、ペルーでの合計に含めるため23日分に計上します。
合計:6,004円
これまでの旅費の合計
ブラジルからペルーでの旅費の合計は112,312円でした。
・ペルーでの滞在費(10泊):クレカ払い19,811円+キャッシング32,141円+ドル払い400ドル(=60,360円)=112,312円
合計:112,312円
よって、日本出国からペルーまでの旅費の総合計は、3,679,965円でした。

