【54】ウィントフック街歩き!教会と記念碑めぐりで歴史を感じた日(2025.6.1)

ナミビア

今日は、宿で毎朝開催されている無料のシティツアーに参加して、ウィントフックの主要スポットをさくっと散策。

歴史を感じるクリストゥス教会や独立博物館、ヘレロ・ナマ虐殺の慰霊碑など、市内の“顔”とも言える名所を一気にめぐった。

午後はゆったり宿で休みつつ、コレラワクチンの接種ができる病院を探して街を歩いてみたが、残念ながらこの時間帯は休診。

明日からのオプウォ観光に備えて、市内を軽く歩きつつ、体を整える1日となった。

無料シティツアーでウィントフックの街を散策

朝食

宿「Chameleon Backpackers」には朝食がついていて、パン、ヨーグルト、チーズ、ハム、トマト、ゆで卵、フルーツなど、しっかりしたラインナップ。

朝からしっかりお腹を満たせた。

食後は、宿が主催する無料のシティツアーへ。

一人での街歩きには少し不安もあるけれど、大学生のガイドが同行してくれるこのツアーは安心感があって心強い。

朝9時にプールサイドに集合すると、参加者は私とフランス人女性の2人。

今回は3人でのんびり街歩きとなった。

ヒルトン前のお土産マーケット

最初に立ち寄ったのは、ウィントフック中心部のランドマーク、ヒルトンホテルの目の前にあるお土産マーケット。

ハンドクラフト系の土産がたくさん並ぶ

露店がずらりと並び、カラフルなアフリカ布のワンピースや、木彫りの動物たち、ビーズのアクセサリーなど、ナミビアらしいハンドクラフトがぎっしり並んでいる。

お店の人たちはフレンドリーで、あれこれ声をかけてくるけれど、長旅中の身では荷物も増やせず、見るだけで我慢。

クリストゥス教会

続いて訪れたのは、ウィントフックの中心に堂々と建つ、赤茶色の屋根が印象的なクリストゥス教会(Christuskirche)。

1907年、ドイツの植民地時代に建てられたこの教会は、ネオ・ロマネスク様式を基調に、ゴシックやアール・ヌーヴォーの要素が混ざった独特な建築。

鐘楼にはドイツ製の鐘が使われていて、当時の宗主国としての影響が色濃く残っている。

一方、玄関のドアはイタリア製で、各所にヨーロッパの要素が取り入れられているのが興味深い。

静かな礼拝空間

教会の中は静かな礼拝空間が広がり、ステンドグラスや木製のベンチが温かい雰囲気を醸し出している。

ドイツ兵の名前が刻まれた銘板

そして壁には、かつてこの地で命を落としたドイツ兵たちの名前が刻まれた銘板が掲げられていた。

ただし、彼らはヘレロやナマへの虐殺を含む、植民地支配の加害者でもある。

その名を公的に称えるこの銘板には、現地でも賛否が分かれているという。

穏やかな祈りの場の中に、歴史の痛みと記憶が静かに刻まれている。

そんなことを改めて感じさせる場所だった。

独立博物館

教会のすぐそばには、独立博物館がそびえている。

このモダンな外観は、かつての植民地建築とは対照的で、ナミビアの“これから”を象徴するようなデザイン。

建物は、なんと北朝鮮の建築会社によって設計・建設されたというから驚きだ。

中には独立闘争に関する展示があるそうだけれど、今回は外観を眺めるだけで終了。

サム・ヌジョマ初代大統領の銅像

博物館の正面階段の上に立っているのは、ナミビア初代大統領・サム・ヌジョマ(Sam Nujoma)の銅像。

片手を高く掲げた力強い姿は、ナミビアの独立の象徴として建てられたもの。

ヌジョマ氏は、SWAPO(ナミビア人民機構)を率いて独立闘争を牽引し、1990年の独立後に初代大統領に就任した人物だ。

この銅像もまた、北朝鮮の建築会社によって制作されたもので、どことなく“北っぽい”雰囲気が漂っている。

ヘレロ・ナマ虐殺の犠牲者慰霊碑

独立博物館の近くに、ひっそりと佇むのが「ヘレロ・ナマ虐殺」の犠牲者を悼む慰霊碑。

1900年代初頭、ドイツの植民地支配下で起きたこの虐殺では、ヘレロ人とナマ人あわせて数万人が命を落とした。

碑に刻まれた「Their Blood Waters Our Freedom(彼らの血が、我々の自由を育んだ)」という言葉は、短いながらも強いメッセージを放っていた。

ナミビアの歴史に深く刻まれたこの悲劇に、今も向き合い続ける人々がいる──。

そんな静かな決意に触れたような時間だった。

宿の玄関

約1時間半の街歩きを終え、ガイドと一緒に宿へ戻る。

玄関にはカードキーがないと開かない門があり、セキュリティカメラも設置されている。

滞在中はいつもスタッフが近くにいて、宿泊客を見かけると門を開けてくれた。

以前この周辺では宿泊客を狙った強盗もあったそうだが、宿のセキュリティ意識は高く、安心して過ごせている。

宿の前の道

Googleマップでは細い裏路地に見えていた宿の前の道だが、実際に来てみると想像よりずっと開けていて明るい。

すぐ横に大通りがあり、ガードレールの切れ目には数段の階段が設けられていて、大通りにすぐ抜けられる構造。

この階段を通れば、最寄りのショッピングモール「Wernhil」までは徒歩5〜10分ほど。

地図上では少し不安に見えた道も、実際に歩いてみると意外と安全そうだった。

コレラワクチンを求めて病院とクリニックを訪問

午後はコレラワクチンの接種ができる場所を探して、街の中心部にある「Roman Catholic Hospital」へ行ってみた。

しかし、ここではワクチン接種は行っておらず、すぐ隣にある「Dr. E. Tom」のクリニックを案内された。

Dr.E.Tomのクリニック

ところがそのクリニックも、訪れた時間帯は休診。

※後日再訪したところ、「コレラワクチン自体は扱っていないが、薬局に在庫があれば処方箋は出せる」とのこと。だが、いくつかの薬局をまわっても、ナミビア国内ではコレラワクチン自体が流通していないとわかり、接種は断念せざるを得なかった。

宿でのんびり過ごしつつ、オプウォ行きの準備

宿でのんびり

この日は宿で自炊したり、ブログを書いたりしながらのんびり過ごした。

明日からは、少数民族の村があるオプウォへ向かう予定。

ネットで目をつけていた宿はすでに満室で焦ったが、Googleマップで見つけた「Queen Guest House」に電話番号が載っていたので、宿のスタッフにお願いして電話をかけてもらった。

すると運よく、ツインルーム(1泊290ナミビアドル=2,334円)を予約することができた。

宿が確保できてひと安心……と思いきや、オプウォまでは問題が山積み。

ローカル向けの乗合バンで片道10時間の移動だが、予約不可で、早朝に人が集まり次第出発という仕組み。

しかも乗り場は街の外れにあり、治安があまり良くないエリア。

朝5時には宿を出なければならず、自力でその時間に配車アプリを使って向かうのはハードルが高い。

そこで、宿のスタッフに相談し、朝5時発のタクシーを手配してもらうことに。

さらに、乗合バンの乗り場でドライバーを探してもらえるよう、タクシーの運転手にもその役目をお願いしたいと伝えておいた。

料金はすべて込みで100ナミビアドル(=804円)。

この内容で宿を通じて交渉してもらった。

ちゃんとタクシーが時間通りに来てくれるのか。

乗合バンに本当に乗れるのか。

そもそも、宿の予約はきちんと通っているのか――。

あれこれ不安を抱えながら、その夜は眠りについた。

6月1日:使ったお金

前日に買った食材で自炊したため、今日の出費はかなり少なめ。

・ガイドチップ:20Nドル(=163円)
・虫除けスプレー:92Nドル(=752円)

合計:915円