デボチェを出発し、標高4410mのディンボチェへ。
このあたりまで来ると、空気は一気に薄くなり、息をするたびにヒマラヤの高さを実感する。
道中では荷物を運ぶヤクの隊列とすれ違い、村ではヤクやゾッキョのフンを天日干しして燃料にする光景に出会った。
木が生えないほどの高地で、人々が工夫して暮らす姿に胸を打たれる。
ディンボチェでは2泊して高度順応。
雪山を一望できる展望台や、温かいティーを飲みながらのカフェ時間に癒やされた。
そして翌日は、雪解けの泥と家畜のフンが混ざった“うんこ道”を越え、積雪の道を慎重に登りながらトクラへ。
凍える寒さの中にも、人の温かさと山の静けさが心に残った3日間だった。
10月10日 ヤクの隊列と畑の村、標高4410mの世界へ(デボチェ→ ディンボチェ)

この日の朝から、高山病予防のためコーヒーを封印。
ティーとガーリックスープ、パンのシンプルな朝食をとり、標高4410mのディンボチェ(Dingboche)へ向けて、朝8時に宿を出発した。

出発してしばらく歩くと、荷物を背負ったヤクの隊列が目の前に現れた。
カウベルを鳴らしながら、黙々と山道を進む姿は、まさにヒマラヤの暮らしそのもの。
ヤクはチベット高原やネパール高地に暮らす牛の仲間で、標高の高い場所でも力強く働くたくましい動物。
厚い毛に覆われた体は寒さに強く、こうして登山者の荷物や生活物資を運ぶ大切なパートナーだ。
ヤクは標高3500m以上で活躍し、4歳から荷運びを始め、15〜20歳ほどで一生を終えるという。
牛とヤクのあいのこ「ゾッキョ」も4歳ごろから働き始めるが、寿命は10年ほどと短いそうだ。
やはりあいのこだからだろうか…そんなことを考えながら歩いていると、やがて目の前に畑が広がってきた。

ガイドのゲルさんによると、このあたりの畑ではじゃがいも、かぼちゃ、にんじん、玉ねぎ、キャベツ、青梗菜、麦、そばなどを栽培しているという。
中でもディンボチェ産のじゃがいもは寒冷地育ちで特に美味しく、なんと1kgあたり1,000ルピーの高値がつくそうだ。
一方、ゲルさんの村・サレリ近くで育てたじゃがいもは1kg50ルピーほど。
あまりの差に驚いた。
ネパールの平均月収は2万円に満たないそうだが、物価を考えても生活は厳しい。
農村部に暮らす人々の現実は、私が想像する以上に過酷なのかもしれない。

集落を歩いていると、石垣に茶色いものを貼りつけている村人の姿が目に入った。
よく見ると、それはヤクやゾッキョのフン。
こうして天日干しにして、ストーブの燃料として使うのだという。
標高の高いディンボチェ周辺では木が生えず、薪が手に入らない。
だから家畜のフンが貴重な燃料なのだ。
標高の低い地域では、薪と一緒に燃やすこともあるらしい。
毎晩宿の人がストーブで食堂を暖めてくれているけれど、こうした手間を思うと改めて感謝の気持ちがわいた。

昨日のデボチェまでは正面にエベレストを眺めながら歩いていたが、今日はギザギザの山・ヌプツェが視界を遮ってしまい、エベレストが見えない。
それだけ近づいてきたということだろうか。
「早くまた姿を見たい」と思いながら、足を前へと進めた。

昼食はソンマリ(Shomare・標高4010m)のロッジで、春巻きとベジカリー。
父とシェアしながら美味しくいただいた。
食後に再び歩き出すと、標高4000mを越えたあたりから風が急に冷たくなった。
4000mという高さは、ひとつの節目だと思う。
体感温度が一気に下がり、高山病のリスクもぐんと上がるのを実感した。

そんな厳しい環境でも、道端には小さなリンドウの花が咲いていた。

やがて道脇には雪が積もりはじめ、世界が一変していく。

午後2時過ぎ、ようやくディンボチェの宿に到着。

雪で作られたかまくらがあり、思わず歓声をあげた。

部屋はベッドが2台あるだけの簡素な造りで、電源はなし。
けれど清潔で、静かな時間が流れていた。

ディンボチェでは高度順応のため2泊する。
ここより上では水が冷たすぎて洗濯できないため、到着後すぐに洗濯を済ませることにした。
宿の裏に物干しスペースがあり、許可を得て使わせてもらう。
水は手がかじかむほど冷たく、洗うだけでどっと疲れた。
日中は乾かず、夜は部屋に取り込み、翌朝もう一度干すことにした。

洗濯を終えて村を歩くと、小さな商店を発見。
リンゴやカシューナッツ、風邪薬などを購入した。
水は宿で買うよりも小売店のほうが安い。

夜は温かいダルバートをおかわりして、お腹いっぱいに。
標高4410mの寒い夜、体の芯から温まった。
そしてそのまま、深い眠りへ。
10月11日 雪山パノラマと温もりのカフェで過ごす高度順応の日(ディンボチェ滞在)

翌朝は冷え込みが厳しく、温かいものが恋しくなった。
朝ごはんはネパールの定番インスタント麺「WaiWaiヌードル」とゆで卵。
湯気の立つスープをすすりながら体を温めると、ほっとして思わず笑顔になった。

朝9時、宿を出発して村の上にある展望台へ。
ディンボチェの村を眼下に見下ろしながら、ゆるやかな坂を30分ほど登っていく。
こうして見渡すと、思っていた以上に大きな村で驚いた。

展望所に着くと、ローツェ(Lhotse)、ピーク38、アイランドピーク(Island Peak)、マカルー(Makalu)などの名峰が一望できた。
360度に広がる雪山の景色は、息をのむほどの迫力。
もう少し上の展望台まで行ければさらに絶景が待っているのだろうが、洗濯物を干したままだったこともあり、天気の急変も心配で、今回はここで引き返すことにした。
距離は短めながら、ほどよい高度順応のトレーニングになった。
下山後は部屋で昨日買ったリンゴをまるかじりし、カシューナッツをつまんだ。
生の果物やナッツを食べるのは久しぶりで、自然の甘みが疲れた体にじんわりと染み渡った。

昼食は、村の入口にある「French Bakery Cafe」へ。
日当たりがよく、店内はぽかぽかと温かい。
心地よい午後の日差しの中、夕方までのんびり過ごすことにした。
なんとここでは、スマホやバッテリーを無料で充電させてくれるという太っ腹なカフェ。
さらに、店のWi-Fiも無料で利用できた。
ディンボチェより標高が上の地域では、私が使っているネパールテレコムのSIMはまったく電波を拾わない。
宿の有料Wi-Fiは1日1,000ルピーと高額で、利用をためらっていたが、ここで無料で使えたおかげで日本の家族と連絡を取ることができた。
とはいえ、速度は遅く、ブログを書くのは難しい。
それでも、簡単な検索やSNSの確認、そして「これからしばらく連絡が途絶えるかもしれない」と家族に伝えられただけでも、十分ありがたかった。

注文したチキンバーガーは本格的な味わいで、旅の疲れが吹き飛ぶ美味しさ。
このカフェには宿泊施設も併設されており、有料のホットシャワーが使えるとのこと。
ガス式で安定して熱いお湯が出ると聞き、昼食後にさっそくお借りした。
標高4400m近くの村で浴びる熱々のシャワーは、それだけで贅沢なご褒美だった。

シャワーの後は、店内のテレビでエベレスト登山を題材にした映画が流れていた。
温かいティーを片手に、雪山の映像を眺めながらゆっくりとした時間を過ごす。
外は冷たい風が吹いているのに、室内は静かでぬくもりに満ちていた。
濡れた髪を乾かしながら、幸せな午後だった。

夕食は宿に戻り、焼き飯とガーリックスープ。
高山病予防も兼ねて、ほぼ毎日のようにガーリックスープを飲んでいる。
体がぽかぽかと温まり、今日も無事に一日を終えられたことに感謝した。
10月12日 うんこ道と積雪の道を越えて、静かな高地の村へ(ディンボチェ→トクラ)

ディンボチェ最後の朝食は、ピリ辛のコリアンヌードル。
冷えた朝にぴったりで、体の芯まで温まる。
支度を整え、朝9時半に宿を出発。
今日の目的地は、標高4620mのトクラ(Thokla)だ。

歩き出してすぐ、道端の用水路にはびっしりとつららが並んでいた。
この時期、昼間の気温は0度ほど、夜間はマイナス5度近くまで下がる。
日中は風がなければ日差しでぽかぽか感じることもあるが、朝晩は凍える寒さ。
風邪をひかないようにと、気を引き締めながら一歩ずつ進んだ。

今日のルートは、雪解けの泥と家畜のフンが混ざり合った、いわば“ドロドロうんこ道”。
ぬかるみは深く、慎重に歩いても靴がすぐに汚れてしまう。
しかも滑りやすく、バランスを取るのに神経を使う。
踏みしめるたびに、ぬるっとした感触が伝わってきて、思わず顔をしかめた。

やがて泥道は雪に覆われた道へと変わった。
ここもまた非常に滑りやすく、父はガイドのゲルさんに支えられながら慎重に進む。
白い息を吐きながら、ゆっくりゆっくりと坂を登っていく。
標高が上がるにつれて、空気の薄さも感じはじめた。

午後1時過ぎ、ようやくトクラの宿に到着。
この先は宿の数が少ないため、10月のハイシーズンはどこも満室に近い。
到着時も食堂が混み合っており、「少し休んでから来て」とスタッフに言われ、まずは部屋でひと休みすることにした。

部屋はベッドが2台あるだけの簡素な造りで、電源もなし。
しかし、窓の外には雪山が広がり、静けさが心地いい。

食堂では、疲れたトレッカーたちが談笑しながら温かい飲み物をすすっていた。
その様子を見ているだけでも、不思議と安心感があった。

昼食は、父の希望でいつものダルバート。
おかわり自由のこの定食は、山歩きで消耗した体にぴったり。
野菜の優しい味に癒やされ、心まで満たされた。

夕食はじゃがいもグリルとトマトヌードル。
特にトマトヌードルが濃厚で、疲れた体に染みる美味しさだった。
ディンボチェあたりで高山病を発症する人が多いらしいが、幸いにも私たち親子は今のところ症状なし。
トクラを飛ばしてロブチェまで進む人も多いけれど、高齢の父には標高を一気に上げるのはリスクが高い。
無理せず、今日はトクラで一泊。
行程には十分な余裕を持たせているので、こうしてゆっくり登れるのがありがたい。
午後は宿で休みながら、温かいお茶を飲んで体を休めた。
明日はロブチェへ、そして明後日はいよいよゴラクシェプ泊。
ここまで順調に来られたことに感謝しつつ、どうかこのまま高山病を発症しませんように──そんな祈るような気持ちで眠りについた。
10月10日〜12日:使ったお金
10月10日
・夕朝食宿代(宿代1,500ルピー含む):7,100ルピー(=7,727円)
・水:150ルピー(=163円)
・昼食代(春巻き等):2,150ルピー(=2,340円)
・水(4本):600ルピー(=653円)
・りんご(2個):300ルピー(=326円)
・カシューナッツ:500ルピー(=544円)
合計:11,753円
10月11日
・昼食&シャワー代(チキンバーガー等):4,640ルピー(=5,050円)
・水(2本):300ルピー(=326円)
・風邪薬:350ルピー(=380円)
合計:5,756円
10月12日
・2泊分夕朝食宿代(宿代3,000ルピー含む):10,650ルピー(=11,591円)
合計:10,650円


