マチュピチュ村で迎えた最後の朝は、遺跡観光で酷使した体を温泉でゆっくりと癒やすところから始まった。
ぬるめのお湯に浸かり、山々に囲まれた景色を眺めながら過ごす時間は、旅の余韻を噛みしめるのにちょうどいい。
その後はクスコへ戻り、丘の上に広がるサクサイワマン遺跡や、インカとスペインの歴史が重なり合うコリカンチャを訪ね、インカ文明の技術と、その後に覆い重ねられた植民地支配の痕跡に向き合った。
旧市街では市場の食堂やカフェを巡り、チョリーダのおばさんとの写真撮影や両替など、旅人らしい時間も忘れない。
そして夜、ペルー最終日を締めくくるのは、隣国ボリビア・コパカバーナへ向かう夜行バス。
マチュピチュからクスコ、そして国境越えへ。
旅の疲れと高地の空気を抱えながら過ごした、静かで濃い3日間の記録。
12月28日 マチュピチュ温泉で旅の疲れを癒やし、クスコへ戻る日

マチュピチュ村最終日。
今日は朝7時半に宿を出発し、温泉へ向かった。
実はマチュピチュ村には温泉がある。
村の北側にある Aguas Calientes Hot Springs は、遺跡観光の合間や、マチュピチュ村を離れる前に立ち寄れる公共温泉だ。
入口で入浴料20ソル(=932円)を支払い、川沿いの道を少し進んでいくと、露天風呂が見えてくる。

敷地内には温度の異なる浴槽がいくつかあり、一番高い温度の浴槽でも37度ほど。
熱めのお湯が好きな日本人には、少しぬるく感じるかもしれない。
朝早くから営業しているため、なるべく早い時間帯に行くのがおすすめ。
午後になると利用者が増えて混雑しやすく、さらにお湯もだんだん汚れてくるらしい。
日本の温泉のように常に清潔というわけではないので、朝一番の、まだお湯がきれいな時間帯を狙うのがベストだと思う。

男女別の更衣室があり、着替えも特に不便はなかった。

更衣室の前には、無料で使用できるロッカーも用意されている。
とはいえ、念のため最低限の現金とスマホ、着替えだけを持って来たほうがいいかも。

シャワーは屋外にあり、水シャワーとお湯(温泉)シャワーの2種類。
当然ながら水シャワーは冷たく、お湯が出るシャワーのほうに人が集中していた。
この温泉は水着着用がルールで、まずシャワーで体の汚れを落としてから浴槽へ向かう。

山々に囲まれた景色の中で、自然を感じながらの入浴。
37度の浴槽に肩まで浸かると、体の芯からじんわりと温まっていく。
浴槽の角には湯の吹き出し口があり、その周辺は他の場所よりも少しだけ温かい。
私はその場所が気に入って、しばらくずっと角をキープしていた。
マチュピチュ遺跡を歩き回ったあとの体には、このやさしい温かさがとてもよく効いた。

温泉施設の壁では、インカ文明をテーマに絵を描いている画家の姿も見かけた。
マチュピチュらしい絵を眺めながら、遺跡での思い出を振り返りつつ、温泉で観光の疲れを癒やす。
結果的に、ここではたっぷり2時間ほど滞在した。

温泉からの帰り道、屋台が並ぶエリアに立ち寄り、セビーチェ屋さんへ。

マスのセビーチェは13ソル(=606円)。
温泉でさっぱりしたあとに食べるセビーチェは、さらに爽快感が増す。
その後、11時にホテルをチェックアウト。
今日のクスコ行きの列車は13時37分発なので、まだ2時間半ほど時間がある。
そこで駅近くのカフェに入って、ゆっくり休憩することにした。

マチュピチュ駅のすぐ近くにある「Crepería de París – Machupicchu」。
観光地価格ではあるものの、電源やWi-Fiがあり、ブログ作業をするには快適なカフェだ。

ラテとキャラメルクッキーを注文。
キャラメルクッキーはしっかり甘くて、とても美味しかった。

13時前にマチュピチュ駅の待合室へ向かうと、多くの人が列車を待っていた。

帰りのスケジュールはこんな感じ。
マチュピチュ村13時37分発
→ 電車でオリャンタイタンボ駅(OLLANTAYTAMBO)到着後、バスに乗り換え
→ クスコ(WANCHAQ/ワンチャック駅)17時30分着予定
ぼーっと景色を眺めながら電車に揺られていると、あっという間にオリャンタイタンボ駅に到着した。
……でも、私は運が良かった。
この2日後の12月30日、この区間で列車の衝突事故が発生したのだ。
運転手の方が亡くなり、多数の負傷者が出たほか、日本人も巻き込まれていたという。
クスコでこのニュースを聞いたときは本当に驚いた。
途上国での旅は、やはり危険と常に隣り合わせなのだと、改めて実感させられた出来事だった。

オリャンタイタンボ駅では、ホーム出口付近に集合。
プラカードを持った係員の案内で、バス乗り場へ移動する。

帰りのバスは、行きとは違い小型のマイクロバス。
どんどん人を乗せて、そのまま出発していくスタイルだった。
そして17時40分、クスコのワンチャック駅に到着。
そのまま宿まで歩いて向かい、直行でチェックイン。

クスコで2泊する宿は、アルマス広場のすぐ近くにある La Casa de Laura。
ここも看板が出ていない宿で、オーナーとWhatsAppでやりとりしながらのチェックインだった。
オーナーは建物の門で出迎えてくれ、そのまま部屋まで案内してくれた。
部屋はダブルベッドとソファベッドがあるトリプルルームで、かなり広々。
テーブルと椅子はもともと外に置いてあったものだが、室内で使っていいと言われたので部屋に移動させた。

部屋には専用バスルームも付いている。
立地も良く、これで2泊99ソル(=4,615円)はかなりお得だと思う。

夜19時過ぎ、アルマス広場の噴水前で待ち合わせ。
実はワイナピチュ観光中に偶然出会った日本人男性・フナキさんと仲良くなり、夕食を一緒に食べることになった。
久しぶりの日本人旅行者との食事で、ちょっとドキドキ。

アルマス広場の目の前にある、夜景がきれいなレストラン「Mistura Grill Cusco」へ。
ここではアルパカステーキ、牛ステーキ、前菜の盛り合わせをオーダー。
さすが人気店で、アルパカも牛もとても美味しかった。
一人100ソル以上する高級レストランだったけど、割り勘で払おうとしたところ、フナキさんが多めに出してくださり、私は50ソル(=2,331円)だけの支払いに。
申し訳なさもありつつ、そのお気持ちはとてもありがたかった。
久しぶりに日本語で、気兼ねなく会話ができる時間。
楽しくないわけがなく、この日は遅くまで話が盛り上がり、充実した夜を過ごすことができた。
12月29日 サクサイワマン遺跡とクイ料理、クスコでインカ文明に触れた一日

クスコ2日目。
今日はクスコ旧市街の北西、丘の上に広がるサクサイワマン遺跡を観光する予定だ。
標高3,400mの街の坂道は、少し登るだけでもすぐに息が切れる。
無理をしないよう、ゆっくり、ゆっくりと歩いて登っていく。
幸い、今回のクスコ滞在では、頭痛や吐き気といった高山病の症状は今のところ出ていない。
それでも油断は禁物なので、ペースを落としながら慎重に進むことにした。

遺跡へ向かう途中にあるカフェ「The Meeting Place Cafe Cusco」で、まずは朝食をとる。
こじんまりとしたカフェだけど、オーナーはとても親切で、居心地のいい空間だった。

パンケーキに目玉焼きとベーコン、オレンジジュース、そしてコカティー。
しっかりした内容の朝食で、とても美味しい。
遺跡観光に向かう前に、ここでしっかりエネルギーチャージができた。

朝食後、サクサイワマン遺跡のサパンティアナ検問所(Saqsayhuaman Control Sapantiana)へ。
ここには特に係員はおらず、そのまま通過。
この入口から、階段や坂道を10分ほど登ると、遺跡のチケット売り場に到着する。

入場料は70ソル(=3,263円)と、なかなかのお値段。
周辺の遺跡も回れる共通券のようだけど、正直サクサイワマンだけで十分なので、もう少し安くしてほしいところ。
チケット売り場からは、早速あの有名な石壁を見渡すことができる。

サクサイワマン遺跡は、インカ帝国時代に築かれた巨大な石造遺跡。
街を見下ろすこの場所は、宗教的にも軍事的にも重要な拠点だったと考えられている。
最大の特徴は、何十トンもある巨石を組み合わせた、ジグザグ状の石壁だ。

モルタルを一切使わず、石同士を精密に噛み合わせる高度な石組み技術は、今も完全には解明されていない。
旧市街で見た12角の石もすごかったけれど、こちらはとにかくスケールが桁違いで、思わず圧倒される。

1536年、スペイン勢力に対する反乱が起きた際、サクサイワマンはインカ側の最後の防衛拠点となった。
クスコの街を一望できるこの場所は戦略的にも極めて重要で、激しい攻防戦が繰り広げられたと伝えられている。
最終的に陥落したものの、その戦いはインカ帝国の抵抗の象徴として、今も語り継がれている。

一方で、サクサイワマンは単なる要塞ではなく、儀式や祭礼が行われた宗教的な空間だった可能性も指摘されている。
ムユックマルカの塔の跡も、その一例。
「ムユック」はケチュア語で「円形」を意味し、かつてここには円形の塔が建っていたと考えられている。

広大なサクサイワマンの敷地内では、アルパカが放し飼いにされている。
遺跡を歩き回る合間に、のんびりしたアルパカの姿を眺めて癒やされた。

遺跡の中には、ちょっとユニークな場所もある。
ロダデロ(Rodadero)は、滑り台のような形をした巨大な岩場。
実際に岩の上を滑ることができるということで、私も子どもたちに混じって挑戦してみた。
すると、思った以上にスピードが出てびっくり。
滑り台の下には大きな水たまりがあり、勢いよく足を突っ込んでしまった。
結果、靴の中は見事にびちゃびちゃ。(‘A`)

最後に訪れたのは、チンカナ・チカ(Chincana Chica)と呼ばれる小さな地下通路・洞穴。

「チンカナ」はケチュア語で「迷路」を意味し、その名の通り、内部は細く入り組んだ構造になっている。
通り抜けが可能な通路で、かつては儀式用、あるいは宗教的・象徴的な意味を持つ空間だったと考えられているようだ。
とはいえ、内部は真っ暗で、一人で入るのはなかなか勇気がいった。
観光中は途中で雨が降り、何度か雨宿りをしながら回ったこともあり、見学には3時間ほどかかった。
旧市街から歩いて来られる距離とは思えないほど、ここにはインカ文明の重みとスケールが残っている。
実際にその場に立ってみて、時間をかけて歩いてきたことも含めて、本当に来てよかったと思えた。

夕食は、以前にも訪れたことのあるレストラン「Pachapapa」へ。
今日はクスコ名物のクイに挑戦する。
クイとは、モルモットのこと。
丸焼きが観光客の間では人気だけれど、一人で食べるには量が多そうだし、少し臭みがあるという話も聞いていた。
そこで今回は、クイ・チャクタードを注文することにした。
クイ・チャクタードは、アンデス地方で古くから食べられてきた伝統料理で、クイを揚げ焼きにした一皿。
高温の油で一気に揚げるため、皮は驚くほどパリパリで、中の肉はしっとりとしている。
味は意外にも鶏肉に近く、クセが少なくて淡白。
心配していた臭みもまったくなく、とても美味しかった。
昨日はアルパカ、今日はクイ。
美食の街クスコで、アンデス地方の名物を毎日味わえるのは、なんとも幸せなことだと思う。
12月30日 コリカンチャと旧市街歩き、夜行バスでボリビアへ向かうペルー最終日
今日はクスコ3日目。
そして今夜は夜行バスに乗って、隣国ボリビアのコパカバーナへ向かう。
つまり、今日がペルー最終日だ。
本当はクスコ近郊にあるレインボーマウンテンにも行きたかった。
ただ、標高は約5,200m。
さすがに高山病が心配で、今回は見送ることにした。
虹色に見える山はとても魅力的だけれど、雨季だと色がはっきり出ないらしい。
天気予報も微妙だったし、高山病のリスクを負ってまで行く場所ではないかな、と思えた。
ということで、今日も無理はせず、ゆるく旧市街観光をすることにする。

11時半、まずは昼食を食べにセントラル・デ・サン・ペドロ市場へ。
今日はどうしてもセビーチェの気分だったので、市場内のセビーチェ屋さんに入った。

最初に出てきたのは、魚介のエキスがたっぷり染み込んだスープ。
揚げとうもろこしが浮いていて、素朴だけどとても美味しい。

続いて、セビーチェ、イカフライ、海鮮ご飯のセット。
これがまた、想像以上のボリュームだった。
どう見ても2人分はありそうな量で、さすがに完食は無理。
半分ほど残してしまったので、セビーチェ以外はテイクアウトすることにした。

食後は郵便局(Serpost – Administración Cusco)へ。
ここで切手を購入する。

日本の家族へハガキを投函。
無事に日本まで届いてくれますように。

今日は旧市街の中心に建つ、コリカンチャ(太陽神殿)を訪れる。
ここはインカ帝国において最も重要な宗教施設だった場所で、かつては太陽神を祀る神殿として、壁一面が黄金で覆われていたと伝えられている。
スペインによる征服後、その上にカトリックの修道院が建てられたため、現在のコリカンチャでは、インカの精緻な石組みと、スペイン植民地時代の建築が重なり合った、独特の景観を見ることができる。

内部は基本的に撮影禁止。
神殿内部の写真は残せず、ただ目に焼き付けるしかなかった。
インカの神殿を覆い隠すように修道院の回廊が重ねられている光景は、積み重ねられてきた歴史そのものが、別の価値観によって上書きされてしまったようで、静かな違和感とともに、胸が締めつけられた。

外から見ると、インカ時代の石積みの上に、後から建物が重ねられている構造がよく分かる。
石の色や積み方の違いが、そのまま時代の境界線になっているようだった。
ここが、重層的な歴史の上に成り立っている場所なのだと、はっきり実感する。

インカ時代の石組みと、スペイン植民地時代の建築は、一目で見分けがつく。
インカの石組みは、精密に切り出された石が、ほとんど隙間なく積み上げられている。
その完成度の高さには、ただただ圧倒される。
地震の多いこの土地で、植民地時代の建物は幾度となく崩れてきたのに、インカの石組みは今もびくともしない。
その事実が、インカ建築技術の卓越さを何より雄弁に物語っていた。
これまで、メキシコ、チリ、アルゼンチンと、かつてスペインの植民地だった国々を旅してきた。
当時のスペインのやり方は、どの国でも本当にひどかったと感じる。
その中でも、ペルーはとりわけ胸が締めつけられる場所だった。
騙し討ちのような形で王が殺され、文明そのものが崩されていったインカの歴史は、特に深い悲しさを伴って胸に迫ってくる。
一方で、スペインで目にした、あのきらびやかな街並み。
その繁栄の裏側には、南米から奪われた莫大な資源や金があったのだと思うと、素直に「美しい」とは思えない。
独立した今でも、言語や宗教、文化など、あらゆる面でスペインの影響が色濃く残っている。
それは支配と呼ぶべきなのか、それとも、すでに組み込まれてしまった構造なのか。
こうした植民地支配の名残が、今も世界に残り続けている現実は、本当にどうすることもできないのだろうか。
その国が積み重ねてきたアイデンティティを奪うという行為は、やはり決して許されるものではないと、強く思った。

コリカンチャの後は、両替所へ向かう。
Banco de la Nación周辺のエル・ソル通りには両替所が多く集まっており、この一帯は、クスコでも定番の両替エリアになっている。
明日から向かうボリビアでは、ドルを現金で持って行くとお得。
そのため、ここで毎日コツコツとキャッシングして貯めていたソルを、ドルに両替する。
レートは驚くほど良く、2,016ソルを600ドルに両替できた。
リマでは507ソルを150ドルに両替しているので、ペルーでは合計2,523ソルを750ドルに両替したことになる。
2,523ソルをキャッシングするのに使った円は118,212円。
つまり、1ドルあたり157.61円のレートだ。
現在の為替レートが157.65円なので、かなりお得な錬金術ができたことになる(*´Д`*)
※ボリビアでドル現金がお得な理由については、下記のブログで詳しく書いています。

そして、クスコでどうしてもやりたかったこと。
チョリーダのおばさんとの写真撮影。
チョリーダとは、アンデス地方に暮らす先住民族系の女性たちを指す呼び名で、丸い帽子と、ふんわりと広がるスカートが特徴的な、伝統的な装いで知られている。
リャマやアルパカを連れていて、写真を撮るにはチップが必要。
金額は要交渉だ。

私は3人のチョリーダおばさんと交渉して、全部で15ソル(=699円)を支払った。
中には、後から交渉した金額以上のチップを請求してくる人もいるので注意が必要だけど、今回の写真は、クスコの良い思い出になった。

クスコでの観光も終わり、あとはボリビア行きの夜行バスに乗るだけ。
出発は22時30分なので、まだ時間がある。
ということで、夕方はカフェ「Qucharitas」で、ブログ作業をすることにした。

甘いアイスに癒やされながら、溜まりに溜まったブログを必死に執筆。

すると突然、猫が膝の上に乗ってきた。
首輪があるので、どこかで飼われている猫だろうか。
とても人懐っこく、ひざ掛けにしていたアルパカポンチョが暖かかったのか、撫でてもまったく動く気配がない。

去り際には、上目遣い。
完全に、自分が可愛いことを分かっている目だった(笑)

配車アプリ「InDrive」で、「Terminal Terrestre de Cusco」へ。
クスコ空港近くにある、大きなバスターミナルだ。

今回乗るのは、Transzela社のバス。
事前にバス会社の公式サイトから予約し、料金は100ソル(=4,702円)。
カウンターでレシートタイプのチケットを受け取り、出発前にターミナル使用料を支払うよう案内された。

ターミナル使用料は1.5ソル(=69円)。
支払うと、先ほどのレシートにシールのようなものを貼られた。

バスが来るまでの間、待合室で昼にテイクアウトした食事の残りを食べる。
お腹も満たされたところで、バスへ乗り込んだ。

クスコを22時30分に出発し、ボリビアのコパカバーナに翌朝10時に到着する夜行便。
国境を越えるが、乗り継ぎなしでコパカバーナまで行けるので、とても便利だ。

予約したのは、一人掛けのゆったりした座席。
バスは夜の山道を進み、途中で標高4,000mを超えるラ・ラヤ峠を越える。
通過するだけとはいえ、高山病が少し心配になる。
ただ、それ以上に気がかりなのは、コパカバーナの標高が3,810mあるということ。
これからしばらく、ボリビアでは3,600m超えの高地旅が続く。
高山病との戦いが始まりそうだ。(‘A`)
無事にコパカバーナに到着できるよう願いながら、暗闇を走るバスの中で、眠りについた。
12月28日〜12月30日:使ったお金
12月28日
・温泉入浴料:20ソル(=932円)
・朝食代(セビーチェ):13ソル(=606円)
・カフェ代(キャラメルクッキー等):33ソル(=1,538円)
・宿代(2泊分):99ソル(=4,615円)
・夕食代(アルパカステーキ等):50ソル(=2,331円)※ほぼ同席者がご馳走してくれました
合計:10,022円
12月29日
・朝食代(パンケーキ等):27ソル(=1,258円)
・サクサイワマン入場料:70ソル(=3,263円)
・夕食代(クイ・チャクタード等):95ソル(=4,428円)
合計:8,949円
12月30日
・昼食代(セビーチェセット等):41ソル(=1,911円)
・ポストカード代(2枚):4ソル(=186円)
・切手代(2枚分):21.6ソル(=1,007円)
・太陽神殿入場料:20ソル(=932円)
・お菓子:2ソル(=93円)
・写真チップ代(2回分):15ソル(=699円)
・カフェ代(アイス等):18.8ソル(=876円)
・タクシー代(旧市街→バスターミナル):10ソル(=466円)
・バスターミナル使用料:1.5ソル(=69円)
・インカコーラ:4ソル(=186円)
合計:6,425円
これまでの旅費の合計
メキシコからペルーでの旅費の合計は199,240円でした。
・航空券代(メキシコシティ→リマ):49,695円→ 父が支払ってくれたため、私の負担は 0円
・ペルーでの滞在費(14泊):クレカ払い61,778円+キャッシング125,390円+ドル払い80ドル(=12,072円)=199,240円
合計:199,240円
よって、日本出国からペルーまでの旅費の総合計は、3,104,445円でした。
※ 余った 50.9ソル(=2,384円相当) は、国境で 131.5ボリ に両替しました。
※ 2,523ソル(=118,177円相当) を 750ドル に両替していますが、この金額はペルーの旅費には含めていません。



