プエルト・イグアスを発ち、ブラジルを越えて辿り着いたのは、パラグアイ東部にあるイグアス日本人居住地。
観光地でもなく、アクセスが良いわけでもないけれど、ずっと気になっていた場所だった。
ここには、移民としてパラグアイに渡った日本人たちが切り開いてきた暮らしが、今も静かに続いている。
民宿小林とペンション園田に滞在し、日本食を囲み、犬や猫と過ごし、星を見上げ、そして移民の歴史を聞いた6日間。
便利さも刺激も少ないけれど、人の温かさと積み重ねられてきた時間が、確かにそこにはあった。
国境を越えて辿り着いた道のりのこと。
日本人宿での、食べて笑って過ごした日々のこと。
移民としてこの地で生きてきた人たちの、静かな語り。
そして、特別ではないけれど、なぜか心に残っている何気ない時間。
そんな一つひとつを、記憶のままに書き留めていく。
1月24日 国境を越えて民宿小林へ。日本食と犬猫に迎えられた初日

朝食はパン、ハム、バナナ、ヨーグルトなど。
これまで買ってきた食材を、できるだけ無駄にしないよう、きれいに食べ切った。
今日はプエルト・イグアスを離れ、ブラジルを越え、陸路でパラグアイへ向かう日。
目的地は、イグアス日本人居住地にある「民宿小林」。
ここには、日本からパラグアイへ移民として渡った小林さんが営んできた民宿があり、毎日手作りの美味しい日本食が食べられると評判だ。
ずっと気になっていて、今回の旅の中でも特に楽しみにしていた場所。
夢の「食っちゃ寝生活」を満喫するため、いざ出発。

プエルト・イグアスからは、まずパラグアイのシウダー・デル・エステへ向かう。
Rio Uruguay社が直行バスを運行しており、バスターミナルでチケットを購入。
料金は10,000ペソ(=1,149円)だった。

本数は比較的多いものの、午後便は国境の橋周辺が大渋滞するらしい。
そのため、移動するなら午前便がおすすめとのこと。

9時45分発のバスを予定していたが、ここでは時刻表通りに動くとは限らない。
乗客の集まり具合によって多少前後するようで、実際には9時半過ぎに出発した。

まずはアルゼンチン側のイミグレで出国審査。
ここではスタンプは押されない。
バスを降りる際は、必ずすべての荷物を持って降りるのが鉄則。
この後に乗るバスが、今乗ってきたものではなく、前後の便になる可能性があるからだ。
チケットはシウダー・デル・エステのバスターミナルまで有効なので、別のバスになっても、Rio Uruguay社のバスであれば係員にチケットを見せて乗車できる。

イミグレを抜けると、1本前に出発したRio Uruguay社のバスが待っていた。
係員にチケットを見せ、そのまま乗り込む。
ところが、このバスはすでに大混雑。
座席はすべて埋まり、立ち乗り状態だ。
次はブラジル側のイミグレで審査かと思いきや、バスは勢いよくそのままブラジルのイミグレを完全スルーで走り去った(‘A`)
イグアスの滝へ行った時も同じような流れだったので大丈夫だとは思いつつ、一応運転手に確認すると、「このバスの乗客はブラジルの入出国審査は不要」とのこと。
「パラグアイのイミグレで停めるから、そこで降りなさい」と案内された。
…そう言われても、あとで揉め事になるのは避けたい。
内心ビクビクしながら、ブラジルからパラグアイへと続く国境の橋を渡った。

少し渋滞はしていたものの、10時45分頃、無事パラグアイのイミグレに到着。
ここで降りたのは、外国人観光客である私だけだった。
すし詰め状態で乗っていたローカルの人々は、誰も降りず、そのままバスで去っていく。
このあたりは、日帰り程度ならローカルの人は自由に行き来できるのだろう。
あまりにも自由な国境に、思わずびっくりしてしまった( ゚Д゚)
イミグレの建物前には長い列ができていて、スタンプをもらうまでに約40分。
炎天下での待ち時間は、じわじわと体力を削ってくる。

入国審査を終え、建物を出たちょうどそのタイミングで、運よくバスが到着。
渋滞でもっと待つ覚悟をしていたので、待ち時間ゼロで乗れたのは正直うれしかった。

11時50分、シウダー・デル・エステのバスターミナルに到着。
ここから今日の目的地、民宿小林までは、オレアリー(O’Leary)行きのローカルバスか、アスンシオン行きの長距離バスを利用する。
料金は2万〜3万グアラニほどで、バスによって異なる。
手持ちのパラグアイ通貨がないため、まずはATMでキャッシングすることにした。

バスターミナルにはATMがないため、近くのスーパーマーケット「Superseis」へ。
店内のATMで、とりあえず90万グアラニを引き出した。

再びバスターミナルに戻り、しばらく探していると、「O’Leary」と書かれたローカルバスを発見。
1時間に1本ほどしかなく、最終は15時頃と聞いていたので少し不安だったけど、無事に乗れてひと安心。
乗車時に運転手へ52km地点で降りることを伝え、2万グアラニ(=472円)を支払った。
イグアス居住区の中心地までは1.5万グアラニで、民宿小林はそこからさらに10km先にあるため、この金額になる。
アスンシオン行きの長距離バスを使えば、ローカルバスより快適な分、料金はやや高めらしい。

ローカルバスはエアコンなし、窓は全開、イスも年季が入っている。
スピードもゆっくりで、思っていた以上に時間がかかる。
車内は蒸し暑く、座っているだけでも体力が奪われていく感覚。
うとうとしながら、時々Googleマップで現在地を確認し、乗り過ごさないよう気を張り続けた。

14時20分頃、52km地点のバス停に到着。
1時間半と聞いていた移動時間は、実際には約2時間だった。
運転手は、これまでにも何人もの日本人をここで降ろしてきたのだろう。
停留所が近づくと、さりげなくこちらに目配せしてくれる。
その様子が、なんとも手慣れている。
観光地があるわけでもない、ただの田舎道。
そんな場所で、外国人である日本人がぽつんとバスを降りる光景は、なんだか面白い。

バス停から民宿小林までは徒歩5分ほど。
道沿いには民家がぽつぽつとあるだけで、赤茶けた土の道と、畑なのか草原なのかわからない大地が、どこまでも広がっている。
朝からアルゼンチン、ブラジル、パラグアイと国境を越えてきた。
バックパックの重さに加え、容赦ない暑さ。
体はすでにヘトヘトだ(‘A`)

ようやく民宿小林に到着。
想像以上に立派なおうちで、思わず驚いた。
民宿小林は、もともとはご夫婦で営まれていたそうだけど、現在は旦那さんが亡くなり、奥さんのカツエさんが一人で切り盛りしている。
息子さんが車の運転や庭仕事などを手伝っているものの、宿泊客の対応や料理はすべてカツエさんが担当。
宿泊客が多い時は、かなり大変だろうと思う。
宿泊料金は1泊2食付きで、2026年1月現在14万グアラニ。
私は価格改定前に予約していたため、特別に12万グアラニ(=2,931円)にしてもらえた。
海外で日本食を食べると高くつくことを考えると、この内容でこの価格は、正直良心的すぎる。
もう少し値上げしてもいいのでは…と心配になるほどだ。

到着早々、カツエさんが「お腹空いてる?冷蔵庫にある朝食の残り、食べてもいいよ」と声をかけてくれた。
ありがたく甘えることにすると、ゴーヤやもやしの炒め物、漬物、佃煮、梅干し、卵かけご飯、味噌汁、さらにはデザートのぶどうまで並ぶ。
とても「残り物」とは思えない豪華さ。
日本の味そのままの、愛情たっぷり手作り料理だ。
海外ではまず食べられない生卵も、ここでは安心して口にできる。
久々の卵かけご飯に、大感激。
思わず涙が出そうになるほど美味しかった(T_T)

民宿小林の魅力は、料理だけではない。
かわいい犬や猫たちがたくさんいるのだ。
普段からカツエさんや旅人に可愛がられているのか、犬たちは噛むこともなく、人懐っこい子ばかり。
パラグアイでは番犬を飼う家も多いと聞くけど、ここの子たちはとにかく無防備。
気持ちよさそうに寝てばかりいる。

人が近づいても、お腹を丸出しにして「ぼくちんかわいいでしょ」と言わんばかりのアピール。
番犬としては完全に失格(笑)だけど、可愛いので全部許してしまう。

案内されたのは、2階にある個室。
一週間ほど滞在したいと伝えていたところ、長期滞在向けの少し良い部屋を用意してくれた。
ツインベッドに机、エアコン完備。
とても快適で、長居したくなる部屋だ。

プライベートバスルームも完備。
シャワーのお湯はしっかり出て、シャンプー、コンディショナー、石鹸まで揃っている。
ちょうどシャンプーを切らしていたので、本当に助かった。

バルコニーからは、広い庭を一望。
庭にはバドミントンコートもあり、涼しい時期なら宿泊者同士で遊べそうだ。
2月はブラジル・リオのカーニバルの影響で満室続きになるそうだけど、1月は人も少なく、ゆっくり滞在するにはとても良い時期。
周囲には商店もなく、民家と畑、草原だけの世界。
何もないからこそ、ここは心地いい。
美味しい日本食、可愛い犬猫、大自然。
田舎のスローライフを存分に味わえる場所だ。
この日の宿泊客は、常連のハシモトさん、JICAの青年海外協力隊の女性、大学休学中の男子学生、
バイクで南米を旅している旅人、そして私の5人。
南米を旅してきて、これほど日本人が集まる宿は初めてだった。
観光地もなく、アクセスも良くない。
それでも人が集まる理由が、ここには確かにある。

夕方、ハシモトさんに誘われ、みんなで近くの池へ魚釣りに。
なぜか犬たちも、当たり前のようについてくる。
普段は犬だけで外に出ることはないそうだけど、「人間が魚釣りに行くときは一緒に出てOK」と学習しているらしい。
時折、大型トラックが小道を勢いよく走ってくるので少し心配になるが、犬たちは慣れた様子で車を避けながら、楽しそうに走り回っていた。

この池では、小麦粉を水で練ったエサを垂らすと小魚が釣れる。
やってみると意外と難しく、タイミングを逃すとすぐに食い逃げされる。
試行錯誤しながら、エサを小さくしたり付け方を工夫したりして、終盤にはなんとか2匹釣ることができた。

釣った魚をペットボトルに入れて、みんなで宿へ戻る。
この魚は人間用ではなく、小林家の猫たちのため。

魚を見るなり、猫たちは大興奮。
「早くちょうだい」と言わんばかりに鳴き声が響く。
洗面器に水を張り、小魚を入れると、器用に手ですくって美味しそうに食べ始めた。
上手な子もいれば、なかなか捕れない子もいて、猫にもそれぞれ個性がある。
ここまで喜んでくれると、暑い中で魚釣りをした甲斐があったと思える。
毎日の習慣にしなければ、と本気で考えた。

日が暮れ、暑さも和らいできた20時過ぎ。
いよいよ待ちに待った夕食の時間。
この日はスペシャルメニューの手巻き寿司。
本来は追加料金が必要なメニューだけど、この日は協力隊の方が宿泊しているため、その方へのサービスとして、全員通常料金で提供してもらえた。
JICAと日系移民の間には長い歴史があり、カツエさんは協力隊の方が泊まりに来ると、感謝の気持ちを込めて、いつも手厚くもてなしているそうだ。
日本から遠く離れたパラグアイのために働く協力隊の方々には、自然と頭が下がる。
海のない国で、美味しいサーモンの刺身。
きっと高価なはずなのに、惜しみなく並ぶ料理。
日本産の海苔で酢飯を巻き、氷入りのめんつゆで食べる冷たいそうめん。
ここには、確かに日本があった。

食後には胡麻プリンまで。
わざわざ買ってきて出しているようで、ちゃんと採算が取れているのか心配になる。
それくらい、この胡麻プリンは美味しい。
日本で売っても流行るのでは、と思うほどだった。

食後は、常連のハシモトさんが日本から持ってきたという望遠鏡で星空観測。
どうやって運んできたのか不思議になるほど本格的な望遠鏡で、月のクレーターや木星の縞模様まで、はっきり見える。
普段はしまってあり、いつでも使えるわけではないそうだが、泊まるタイミング次第では、こんな体験ができることもある。
望遠鏡で星を見るのは人生初。
その美しさと、宇宙の奥深さに言葉を失った。
アタカマ砂漠で天体観測ができず落ち込んでいた分、このパラグアイで星を見られたことが、より嬉しい。
周囲に民家が少なく、灯りもないため、星はとてもよく見える。
天気が良ければ天の川もくっきり、流れ星も頻繁に流れる。
そんな星空の下、みんなでワイワイと過ごしながら、初日の夜は静かに更けていった。
1月25日 語り継がれる移民の歴史。園田さんが教えてくれたこと

2日目の朝は、朝から完全にごちそうだった。
納豆卵かけご飯、焼魚、茄子の焼き浸し、キムチ、味噌汁、そして昨日の残り物。
特に焼魚は、アンチョワというパラグアイの高級白身魚で、大根おろしと一緒に食べると驚くほど美味しい。
このアンチョワは、協力隊の方へのサービスとして用意されたものらしく、普段はここまで豪華な朝食ではないそうだ(笑)
そこに、私の大好物・茄子の焼き浸しまで並んでいて、朝からテンションは最高潮。
さらに、大々大好きな納豆卵かけご飯と味噌汁。
朝から完全に昇天状態だった。
「まるで田舎のおばあちゃんの家に帰ってきたみたい」
そんな言葉で多くの旅人に語られてきた伝説の宿。
実際に一晩過ごしてみて、その理由がよくわかった。
今日は、ハシモトさん、協力隊の方、大学休学中の男子学生の3人がチェックアウト予定。
息子さんがイグアス居住区まで車で送るとのことで、私も便乗して一緒に出かけることにした。

民宿小林から街までは、車で15分ほど。
まず最初に立ち寄ったのは、イグアス農協(Supermercado Cooperativa Yguazú Ltda.)。
店内を歩いていると、ところどころで日本語が聞こえてくる。
ここがパラグアイだということを、うっかり忘れそうになる。

カレールーやわさび、めんつゆなど、日本から輸入された食材がずらり。
旅人がここで調味料を補充する理由も、すぐに理解できた。

この村で作られている醤油「竹」も並んでいる。
イグアス周辺は大豆の特産地で、醤油、豆腐、納豆といった製品が、日本人移民の手によって
日本とほとんど変わらない味で作られている。
日本人移民たちがこの地で大豆栽培を成功させ、普及させたからこそ、今こうして私はパラグアイで美味しい納豆を食べられている。
日本語が飛び交い、日本の商品が並ぶこの空間は、まるで日本の地方スーパーのよう。
一瞬、日本人の方が多いのでは?と錯覚しそうになるが、実際にこの村で暮らしている日本人は全体の7%にも満たないそうだ。

買い物の後は、みんなで日本食レストラン「あでらん亭(Restaurant Adelam)」へ。

店内は和の雰囲気たっぷり。
日本人だけでなく、パラグアイ人の利用客も多いのが印象的だった。

メニューに紫蘇ジュースを見つけ、迷わず注文。
一口飲んだ瞬間、祖母の手作り紫蘇ジュースの記憶がふっとよみがえる。
餃子と焼きそばをみんなでシェアし、ここで協力隊の方と男子学生とはお別れとなった。

食後は、ハシモトさんと一緒に、近くの曹洞宗のお寺「拓恩寺(Templo budista Takuonji)」へ。
ブラジル人の住職さんがいるそうだけど、常駐ではないため、不在の日は門が閉じられていて中に入れない。
この日は残念ながら住職さん不在。
門の外から静かに眺めるだけにした。

境内には立派な鐘もあり、穏やかな和の空気が流れていた。

しばらく見ていると、奥から番犬がものすごい勢いで駆け寄ってきて、容赦なく吠えまくる。
手を出したら確実に噛まれそうな迫力で、正直かなり怖い。
ちゃんと番犬として仕事をしていて、えらいな…と思う一方、小林家の犬たちの「可愛い100%」ぶりを思い出して、つい比べてしまった(笑)

寺の近くでは、フクロウが巣を作っていた。
野生のフクロウを、こんな距離で見るのは初めて。
このあたりには、フクロウやアルマジロなど、日本ではなかなか見られない動物も多く生息している。

その後、ペンション園田にも立ち寄った。
移民一世の園田さん夫妻が営む宿で、なぜか旅人が次々と沈没してしまう、居心地の良い場所。
素泊まり1泊5万グアラニという破格の安さに加え、周辺には日本食を扱うスーパーやレストランも多く、食には困らない。
自炊しながら、何もせずにダラダラできる。
その居心地の良さが、長期滞在者を生み出しているのだろう。
ご主人は、移民船でこの地に渡った後、40年間JICA職員として働き、居住区の整備や農業指導などに尽力してきた方。
イグアス居住区の歴史を知り尽くした、生き字引のような存在だ。
体調を崩されてからは奥の部屋で休まれていることが多く、お会いするのは難しいと思っていたけど、ハシモトさんが麻雀仲間だった縁で、特別に面会の機会を作ってくださった。
宿泊客でもない私に対して、体調が万全ではない中、時間をかけて丁寧に居住地の歴史を語ってくれた。
園田さんの話によると、日本人のパラグアイ移住は1936年に始まり、1953年から1961年にかけて最盛期を迎えた。
1961年にイグアス居住区が誕生し、原始林を切り開いて農地が作られていった。
電気のない生活が20年以上、家庭によっては50年以上続いたこともあったという。
農業機械を購入するため、日本政府から借金をし、その返済にも長い年月がかかった。
人口が少なく物が売れず、不作の年には生活が成り立たない。
そんな厳しい暮らしが、30年近く続いたと教えてくれた。
日本が高度成長期からバブルへと向かっていた時代、この地では、食べることにも苦労する日本人が多くいた。
その事実に、ただただ驚かされる。
現在のパラグアイは電力輸出国として景気も良い。
それでも園田さんは、「移民の方々の生活が本当に良くなったのは、2015年頃からかな」と静かに語った。
ほんの10年ほど前の話だ。
食べることに困った経験が一度もない自分。
日本という国で、恵まれた環境に生まれ、当たり前のように何不自由なく生きてこられたことが、どれほど幸せだったのかを、改めて思い知らされた。
日本に、親に、そしてこの時代に生まれたことに、心から感謝した。

イグアス居住区から、再びバスで民宿小林へ戻る。
最終バスは15時頃までで、16時にはないと聞いていたため、少し急ぎ足でバス停へ向かう。
すると、ちょうどオレアリー行きのバスが到着。
走って飛び乗り、無事帰路についた。
52km地点までは10,000グアラニ(=236円)。

宿に戻ってからは洗濯タイム。
2層式洗濯機と洗剤は宿泊者が自由に使えて、普段は手洗いばかりの身には本当にありがたい。
外には物干しロープがたくさん張られ、乾燥した空気のおかげで洗濯物もすぐに乾いた。

夕方17時過ぎ、今日も釣りに行こうとすると、釣り竿を持った瞬間、猫たちが一斉にニャーニャーと寄ってくる。
「今日はたくさん釣ってくるニャ!」
そんな圧を全身で受けながら、バイクで南米を周遊中の旅人と、犬たちと一緒に池へ。
この日は調子が良く、なんと8匹も釣り上げることができた。
魚を抱えて宿に戻ると、猫たちは発狂レベルで「早く出せ!」と大騒ぎ。
期待に応えられて、こちらも満足だ。

本日の猫タイム。
必死に魚を捕まえる姿が、ただただ可愛い。
夕食前には、この日も天体観測。
昨日は見られなかった土星を、今日は夕食前に狙ってみることにした。
ハシモトさんに望遠鏡の使い方を教えてもっていたので、試行錯誤しながら土星に焦点を合わせる。
今日は大気の状態が良いのか、昨日よりも星がはっきり見える。
土星の輪も、くっきり。
本当に輪っかがあるんだ…と、改めて宇宙の不思議に感動した。
カツエさんも、「こんなにはっきり見えたのは初めて!」と嬉しそうだった。

星を堪能したあとは、待ちに待った夕食。
今夜はスペシャルメニューのすき焼き。
宿泊客は2人だけなのに、4人分はありそうな量の肉と野菜が、どっさりと並ぶ。

完成したすき焼きを前に、思わず感動。
豆腐、ネギ、糸こんにゃく、白菜。
味は日本そのもの。
生卵につけて食べると、もう言うことなし。
パラグアイの牛肉は、味が濃くてとても美味しい。
さすがに食べきれず、残りは明日の昼食へ。

デザートはアサイーアイス。
すき焼きの後の口を、さっぱりとリセットしてくれた。

食後も庭に出て、みんなで星を眺める。
ここパラグアイは南半球。
南半球でしか、はっきり見ることができない南十字星も確認できた。
「Sky Guide」というアプリを使いながら、あの星は何座だ、これはどれだと、あれこれ話す時間がとても楽しい。
灯りの少ない庭で、ただ星を見上げる時間が、ここでの夜の過ごし方になっていった。
1月26日 史料館を訪ねて辿る移民の足跡。イグアス日本人移住史料館へ

3日目の朝は、昨夜のすき焼きの残りに、納豆卵かけご飯、そして味噌汁。
朝からなんとも贅沢な食卓だ。
前日の豪華な夕食が、こうして翌朝まで続くのがうれしい。
この日は、カツエさんが本業であるマッサージの仕事のため、イグアス居住区へ向かう便があるとのこと。
私も車に便乗させてもらうことになった。
15時にあでらん亭へ行けば、帰りも一緒に乗せてもらえるそうなので、それまでの時間は、ひとりで村を歩いてみることにした。

村の中には「夢いっぱい 元気にはばたけ イグアスの子」と書かれた日本語の看板も立っている。
ここが南米・パラグアイだということを忘れてしまいそうな、どこか日本の田舎を思わせる風景だ。

イグアス公園(Plaza Yguazú)には、立派な鳥居もある。
夏祭りの時期(12月)には、ここが盆踊りの会場になるそうで、その季節にまた訪れてみたいな、と思った。

公園の近くには、イグアス日本人会(Asociación Japonesa de Yguazú)の建物もある。
カツエさんは、かつてここで事務局長を務めていたそうだ。

建物の前には、2016年に眞子さまがこの地を訪問された際、お手植えされた樹が植えられている。
驚いたことに、当時カツエさんは、眞子さまのお食事の調理を担当していたそうで、昨夜、その時の様子をとても嬉しそうに話してくれた。
苦労の多い移民生活だったけれど、あの瞬間、長年の苦労が少し報われた気がした、と。
それだけ、皇族という存在が、この居住区の人たちにとって特別な意味を持っているのだろう。

イグアスに来たら外せない、イグアス日本人移住史料館(Immigrant Museum)にも足を運んだ。
開館時間は平日の9時30分から11時頃まで。
もし閉まっていても、日本人会にお願いすれば鍵を開けてもらえるそうだ。
見学は無料だけど、維持費もかかっているはずなので、寄付箱に気持ちばかりの寄付を入れた。

館内はこじんまりとしているものの、開拓当初に使われていた農耕器具が所狭しと並び、壁には当時の写真がびっしり展示されている。

隣の部屋には、当時の生活用品が展示されていた。
日本から持ち込まれた電気ストーブや電気炊飯器もあるけど、開拓から20年ほどは、この地域には電気が通っていない場所も多く、さらに日本とは電圧も違うため、これらの家電が活躍する場面は少なかったらしい。
羽釜や五右衛門風呂が主役だったという話に、時代が一世代どころか、もっと隔たっているように感じた。

移民船の写真も数多く展示されている。
「ドラの音と共に、いざ憧れの出港。しかし、再会も知れぬ離別の時。いつまでも切れてくれるな、永遠の絆(五色のテープ)」
この言葉と写真を前にすると、当時の移民者や、送り出す家族の心情が胸に迫ってくる。
園田さんは、日本から移民船に乗り、ロサンゼルス、パナマ、ブラジルを経由し、アルゼンチンのブエノスアイレスまで、気が遠くなるような長い航路でこの地へやって来たという。
当時のブエノスアイレスでは、ちょうどクーデターが起きており、街では血が流れていたそうだ。
船を降りた瞬間、銃口を突きつけられ、「とんでもない場所に来てしまった」と思った、と話してくれた。
さらにそこから、南米でも最古級とされる木炭列車に乗り、パラグアイへ入国。
ブエノスアイレスを発ってから、丸一日かけての移動だったという。
私だったら、その時点で心が折れていたと思う。
それでも当時の人たちは、原始林を切り開き、農地を耕し、生きるために必死に働き続けてきた。
その芯の強さ、たくましさ、生き抜く力に、ただただ尊敬の念しか湧いてこない。

史料館を出たあとは、あんぱん屋(El Buen Gusto Panaderia & Cafeteria)へ。

ここは月曜日の11時に行くと、できたての熱々あんぱんが食べられると評判のお店。
他の日でもあんぱんはあるけれど、やはり焼きたては格別だ。
あまりに美味しかったので、お世話になっている小林家へのお土産も購入。
パラグアイで、こんなに美味しいあんこが食べられるとは思っていなかった。
味わいながら食べていると、ハシモトさんや他の日本人も次々と来店し、自然とみんなで一緒に食べる流れに。
ペンション園田に長期滞在している旅人や、数年前にイグアスへ移住してきた方など、この街には本当に多くの日本人が暮らしている。

昼食には、あんぱん屋で冷やし中華も。
暑い気候の中、さっぱりした味が身体にちょうどよかった。

15時にあでらん亭へ行くと、カツエさんが「もうちょっとでマッサージ終わるから、待っててね」と言って、ピスタチオケーキをご馳走してくれた。
実は、カツエさんと息子さんのスマホの調子が悪く、使えるように設定を直したのだけれど、そのことをとても感謝してくださり、滞在中、何かと「お礼」としてご馳走してくれる。
こちらもお世話になっている身なので、ワインやお菓子などでお返しをすると、いつの間にかお礼合戦に発展。
結局、何が何やら分からない状態になる(笑)
でも、このやり取りが、なんとも日本人らしくて、そのおかげでカツエさんとぐっと距離が縮まり、深い話もたくさんできたのが嬉しかった。

この日の夕食は、なんと中華。
麻婆豆腐、油淋鶏、もやし炒めというラインナップだ。
カツエさんが作る中華は、辛さ控えめでやさしい味。
ほっとする美味しさがある。
麻婆豆腐は丼にして、たっぷりいただいた。

食後はメロンとぶどうのデザート。
よく熟れたメロンは、とても甘くて、一日の締めくくりにぴったりだった。
1月27日 何もしない贅沢。食べて、書いて、猫と過ごす一日

4日目の朝は、昨夜の残り物に、茄子の焼き浸しやもやし炒め。
しっかりした量なので、昼食は要らないほどお腹いっぱいになる。
ここ数日で、確実に太ったな…という実感もじわじわ。
ごはんが美味しすぎるので、ここに長期沈没するのは、色んな意味で危険だと思う。

おやつには、カツエさんからもらったパイナップル。
昼間からワインも少し飲んで、気分はすっかり休日モード。

この日は特に出かける予定もなく、犬や猫と戯れたり、ブログを書いたりしてのんびり過ごす。
昨日から新しく泊まりに来たタクマさんが、草と洗濯バサミと糸を使って、猫用のおもちゃを器用に作っていた。
キラキラと目を輝かせて遊ぶ猫を眺めているだけで、時間がゆっくり溶けていく。

夕方の釣りでは、なんとタクマさんがナマズを釣り上げた。
ナマズは小麦粉のエサでは釣れないので、まず小魚を釣り、それをハサミでカットしてエサにする必要がある。
よく見ると、ちゃんとヒゲがある。
これがナマズか…と、なぜか妙に感動してしまった。

この日も猫タイムは大盛り上がり。
洗面器のまわりは水でびちゃびちゃだ。
夕食はカレーライスだったのだけど、痛恨の写真撮り忘れ…。
カレーを見た瞬間、完全に理性を失い、夢中で食べてしまっていた(‘A`)
カツエさんのカレーは隠し味が色々入っていて、とても美味しい。
ここに泊まったら、ぜひ食べてほしいメニューのひとつだ。
1月28日 犬を洗い、心もすっきり。締めくくりはパラグアイ料理

5日目の朝食は、具だくさんの味噌汁と、納豆卵かけごはん。
明日はチェックアウトの日。
今日は宿泊費を支払うためにATMへ行きたいと伝えると、息子さんが車で連れて行ってくれることになった。

その途中で、道の駅イグアス(Michi no eki – Yguazú)にも立ち寄る。
「MICHI NO EKI」と大きく書かれた看板を見て、パラグアイに道の駅があるなんて…と、ちょっとテンションが上がる。

店内には、扇子やお守りキーホルダーなどの日本雑貨も並んでいた。
日本人居住区ならではの光景だ。

その後、イグアス農協で買い物をし、隣のガソリンスタンドの売店でソフトクリーム。
エアコンの効いた店内で食べる冷たいソフトクリーム。
それだけで、ちょっとしたご褒美時間になる。

最後にATM(Banco Continental)へ。
画面に突然スペイン語の表示が出てきて、何が書いてあるのかさっぱり分からない。
息子さんに翻訳してもらうと、一括で払うか、分割で払うかを聞かれていたらしい。
それまで英語表示だったのに、なぜかそこだけスペイン語。
ちょっとしたトラップだ(笑)

午後は、これまでお世話になった感謝を込めて、小林家の犬たちをシャンプーさせてもらった。
犬用シャンプーを農協で買ってきたけれど、10匹ほどいるので、全員洗ったらきれいに使い切った。
カツエさんに犬を押さえてもらいながら、水で流す係、洗う係の三人体制。
力いっぱい暴れるので、なかなかの重労働だ。
ついでに犬小屋と猫の餌場も掃除。
きれいになった犬たちと小屋を見ると、こちらまで気分がすっきりする。

労働のあとの夕食は、やっぱり美味しい。
民宿小林での最後の夕食は、パラグアイ料理。
プッチェロという牛肉の骨スープで、トマトベースの味はボルシチにも少し似ている。
パスタも入っていて食べ応え十分。
タクマさんは相当気に入ったようで、鬼のようにおかわり。
私たち二人でモリモリ食べた結果、どうやら息子さんの分まで食べつくしてしまったらしい…。
日本食が美味しい宿として有名だけれど、このプッチェロも実は隠れた人気メニュー。
「これが一番美味しかった」と言って帰る旅人も多いそうだ。
一週間ほど滞在すれば、人気メニューは一通り味わえるはず。
ここに来る人には、ぜひ数日余裕を持って泊まってほしいと思う。
1月29日 心の故郷をあとに。ペンション園田とアサードの夜

6日目、最後の朝食に、まさかの餃子が登場。
今日もカツエさんは朝からマッサージの仕事。
忙しい中で、手の込んだ餃子を作ってくれたことに、ただただ感謝しかない。
今日は1泊だけペンション園田に泊まり、明日、パラグアイを出国する予定だ。
12時頃に息子さんが車を出す便があり、街まで送ってもらえることになった。
5泊という短い滞在だったけれど、カツエさんには本当にお世話になった。
これまでの人生の話も、たくさん聞かせてもらった。
カツエさんは、叔父を頼る「家族呼び寄せ」という形で、1980年代に飛行機でこの地へやって来たそうだ。
結婚し、子どもを育て、農作業をし、日本人会で働き、今では宿の経営とマッサージの仕事。
1980年代移住なら、開拓初期よりは楽だったのでは、と想像していたけれど、それは大きな間違いだった。
詳しくは書けないが、テレビドラマ「おしん」も霞むほどの壮絶な人生。
それでも歯を食いしばって生きてきた姿勢に、心から尊敬の気持ちしかない。
これから先、辛いことがあったら、カツエさんのことを思い出して頑張ろう。
そう思わせてくれる人だった。
また必ず戻って来られるように、しっかり働こう。
民宿小林は、私の心の故郷になった。

12時、息子さんの車でペンション園田へ。
今日は宿泊者が多く、私は園田家が暮らす母屋の一室に案内された。
立派なベッドにソファ、エアコン完備。
バスルームは共用だけど、これで1泊5万グアラニ(=1,181円)は破格だ。

荷物を置いた後、日本人旅人たちと日本食レストラン「松食堂きまぐれ(Restaurante Matsu Shokudo Kimagure)」へ。

おしゃれで落ち着く店内。
オーナー女性のセンスが光る。

暑さで食欲がなく、定食セットと冷たいお茶を注文。
春雨サラダや漬物がさっぱりしていて、身体に優しい。

レジで、どら焼きとかりんとうを園田家へのお土産用に購入。
自分用に買ったどら焼きも、とても美味しかった。

夕方、ダイニングを覗くと、おじさんたちが麻雀中。
なんと園田家には自動卓がある。
園田さんは体調が万全ではない中でも、大好きな麻雀は健在。
今日もぶっちぎりで優勝していた(笑)

夕食は南米名物のアサード。
宿泊客が多い日ということで、奥さんやご家族の方が用意してくださった。
炭火で焼かれる塊肉の香りが、あたりに広がる。

園田家のワンちゃんも、肉を狙ってそわそわ。
何度怒られても諦めずに寄ってくる姿がかわいい。

牛肉や鶏肉のアサード、おにぎり、サラダを囲み、みんなでわいわい食べる。
何度おかわりしても減らない量で、これが一人3万グアラニ(=709円)。
どう考えても採算は取れていない。
民宿小林も、ペンション園田も、材料費だけで料理を出してくれているように感じた。
ただただ、来た人に喜んでほしい。
その気持ちが、どの食事からも伝わってくる。
明日はいよいよパラグアイを出て、ブラジルのフォズ・ド・イグアスへ陸路移動。
1泊した後、飛行機でマナウスへ向かう予定だ。
次回は、シウダー・デル・エステの街の様子や、国境越え、マナウスへの移動について書くことにする。
今回ブログで紹介した宿の問い合わせ先
民宿小林
WhatsApp📲 +595 983 602561
ペンション園田
WhatsApp📲 +595 973 561100、+595 973 536430
1月24日〜1月29日:使ったお金
1月24日
・バス代(シウダー・デル・エステ→民宿小林):20,000グアラニ(=472円)
合計:472円
※24日に支払ったバス代(プエルト・イグアス→シウダー・デル・エステ)は、アルゼンチンでの合計に含めるため23日分に計上しています。
1月25日
・スーパー買い物代(ワイン等):63,500グアラニ(=1,501円)
・昼食代(しそジュース等):20,000グアラニ(=472円)
・バス代(イグアス居住区→民宿小林):10,000グアラニ(=236円)
合計:2,209円
1月26日
・スーパー買い物代(ワイン等):27,000グアラニ(=638円)
・移民資料館寄付:10,000グアラニ(=236円)
・昼食代(冷やし中華等):67,000グアラニ(=1,583円)
合計:2,457円
1月27日
・道の駅買い物代(ドラゴンフルーツ):15,000グアラニ(=354円)
・スーパー買い物代(お菓子等):114,000グアラニ(=2,695円)
・ソフトクリーム(2個):14,000グアラニ(=330円)
合計:3,379円
1月28日
・宿代(5泊分):620,000グアラニ(=14,657円)
合計:14,657円
1月29日
・昼食代(定食):27,000グアラニ(=638円)
・どら焼き&かんりんとう:43,000グアラニ(=1,016円)
・宿代(1泊分+夕食アサード):80,000グアラニ(=1,891円)
・売店買い物代(緑茶等):136,000グアラニ(=3,215円)
・バス代(イグアス居住区→シウダー・デル・エステ):15,000グアラニ(=354円)
・アイス:5,000グアラニ(=118円)
・水:5,000グアラニ(=118円)
※30日に支払った売店買い物代、バス代等は、パラグアイでの合計に含めるため29日分に計上します。
合計:7,350円
これまでの旅費の合計
アルゼンチンからパラグアイでの旅費の合計は30,698円でした。
・パラグアイでの滞在費(6泊):クレカ払い0円+キャッシング30,698円+=30,698円
合計:30,698円
よって、日本出国からパラグアイまでの旅費の総合計は、3,413,613円でした。

