【209】衝撃のベレン市場と水上スラム|蒸気船とゴムブームの歴史(2026.2.22〜2026.2.23)

ペルー
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イキトス滞在もいよいよ後半戦。

4日目と5日目は、この町の“表と裏”をのぞき込むような時間になった。

ベレン市場には、ワニやカメ、正体のよくわからない小動物の肉が並び、さらに魔女の儀式に使われそうな怪しげなものまで売られている。

すぐ隣には水上スラムが広がり、観光では見えにくい現実がそこにある。

一方で、蒸気船の博物館ではゴムブームの歴史を知り、この地がかつてどれほど栄え、そしてどのように衰退していったのかを学ぶことに。

イキトス最後の夜は、歴史的建築「鉄の家」でゆっくりと過ごす。

いろいろ考えさせられる、イキトス後半の時間。

2月22日 ベレン市場と水上スラムを歩く、アマゾンのリアル

ベレン市場

イキトス4日目の朝。

この日は9時過ぎに、ベレン市場へ向かった。

ここは、アマゾンの日常がそのまま詰まった、イキトス最大のローカル市場。

とれたての魚が並ぶ

とれたての魚や新鮮なお肉、見たことのない果物や薬草まで並び、生活に必要なものがすべて集まっている場所。

特に朝は活気があり、訪れるならこの時間帯がいちばん面白い。

ただし、貧困地区の近くにあることもあって、治安はあまりよくない。

人も多く、スリも発生しているため、歩くときは常に周囲に注意が必要だ。

ベレン地区の水上スラム

市場のすぐ近くには、水上スラムが広がっている。

貧困や衛生面の問題も抱えていて、決して安全とは言えないエリア。

それでも好奇心が勝ってしまい、気づけば足がそちらへ向いていた。

本来であれば、昼間でも女子ひとりはもちろん、外国人観光客が気軽に立ち入るような場所ではない。

訪れるならガイドを伴うのが無難。

周囲の様子をよく観察しながら、奥に入りすぎないように意識して、慎重に歩いた。

水の上に続く、細い木の通路

細い木の板が通路代わりになっていて、その上を人々が行き来しながら生活している。

電柱は立っていて電気は通っているようだったけど、上下水道が整備されている様子はなかった。

たくさんのゴミが浮かんでいる

足元のすぐ下には濁った水が広がり、その上には大量のゴミ。

こういうゴミの多い場所は、だいたい治安もよくない。

長居は無用だと感じて、早めにその場を離れることにした。

※この先、少しグロテスクな写真が出てきます。苦手な方はご注意ください。

 

 

 

 

 

ワニ肉

市場に戻り、物珍しいものが並ぶ中を歩きながら、ゆっくり物色。

すると、豪快にぶつ切りにされたワニ肉が目に入る。

よく見ると、ワニの手がそのまま並べられていて、思わず足が止まった。

ワニ肉を炭火焼き

別の屋台では、ワニ肉を炭火で焼いて販売している。

香ばしい匂いが漂っていて、見た目のインパクトとは裏腹に、意外と食欲をそそられる。

ハナグマ?の肉

ハナグマのような、小型の動物の肉も売られていた。

内臓を取り出しただけで、ほぼ丸ごとの状態のまま並べられている。

カメの肉

カメの肉も売られていた。

頭と手の部分だけが切り分けられ、上半身だけの姿。

普段は甲羅に覆われた姿しか見ていないだけに、なんとも不思議で、少し新鮮な感覚になる。

にぎわう屋台

市場の中には屋台も並んでいて、炭火焼きの肉や魚がずらり。

どれも美味しそうで、朝からしっかり食べている人が多いのにも驚かされる。

田舎タバコ「マパチョ」

アマゾンの田舎タバコ「マパチョ」。

刻んだ葉をその場で巻いて作る手作りのタバコで、アヤワスカセレモニーの際にシャーマンが吸っていたものでもある。

単なる嗜好品というより、どこか儀式的な意味合いを持つ存在に感じられる。

1本もらったので吸ってみた

物欲しそうに見ていたからか、タバコを1本もらった。

試しに吸ってみると、かなり強くてびっくり。

さすがにタダでもらうのは気が引けたので、1ソル(=45円)をお礼として置いていった。

食材なのか、薬なのか、それとも儀式に使うものなのか…?

タバコを吸いながら歩いていると、どこか怪しげな通路にたどり着く。

まるで魔女が儀式で使いそうなものが並び、独特の雰囲気。

伝統的な薬やハーブなどがずらりと並んでいた。

シャーマンがセレモニーで使っていた葉?

その中には、シャーマンがセレモニーで使っていた葉によく似たものもあった。

浄化作用のある葉なのだろうか、と想像が膨らむ。

藁人形?

お土産用なのか、儀式用なのか。

用途がよくわからない、どこか怪しげな藁人形も吊るされていた。

ワニの頭に赤い実とリボン


ワニの頭に赤い実とリボンが飾られたものも売られている。

最初は何なのかわからなかったけど、お守りや魔術的な意味を持つものなのかもしれない。

食べ物というより、どこか儀式の気配を感じる存在だった。

小エビ

少し小腹が空いて、小エビを3ソル(=137円)で購入。

歩きながらつまんでみると、かなり塩分が強い。

もしかすると、そのまま食べるものではなく、調味料用だったのかもしれない。

PILI CAFÉ

11時前、市場を離れて「PILI CAFÉ」という人気カフェへ移動。

店内はエアコンが効いていて、外国人観光客の姿も多い。

朝食セット

朝食セットは28ソル(=1,279円)。

イキトスでは少し高めだけど、その分ボリュームもあり、味も満足できる内容だった。

この日の午後は部屋でゆっくり過ごし、夜もお菓子を食べて、外には出ずに静かに過ごした。

2月23日 蒸気船とゴムブームの歴史、イキトス最後の夜

ストロベリーボウルの朝食

イキトス5日目。

この日は夕方まで部屋でゴロゴロと過ごす。

重たい腰をようやく上げて、15時頃に外へ。

向かったのは、以前も訪れたDawn On The Amazon Café。

少し遅めの昼食に選んだのは、ストロベリーボウル。

バナナやチアシードを合わせたベースに、パイナップル、チョコチップ、白キヌア、りんごがトッピングされている。

さっぱりとした味わいで、暑いアマゾンでもすっと体に入ってくるのが嬉しい。

Boat Museum

昼食後は、アマゾン川沿いに停泊する蒸気船「アヤプア号」へ向かう。

ゴムブームの時代、アマゾンの物流を支えていた蒸気船を改装したもので、現在は「Boat Museum」として公開されている。

入場料は10ソル(=457円)。

気軽に立ち寄れるのもありがたい。

船内の部屋

船内には、当時の航海や貿易に関する展示が並んでいる。

探検や河川航行、そしてゴム産業の発展を支えた人々の歴史。

一つひとつの展示から、当時の空気が静かに伝わってくる。

薪をくべて蒸気を生み出す、船の心臓部

機関室の炉も見学することができた。

薪を燃やし、水を沸騰させて蒸気を生み出す仕組み。

流れの速いアマゾン川を遡るには、この蒸気の力が欠かせなかったという。

それまでほぼ不可能だった上流航行を可能にし、交易ルートを切り開いた原動力。

まさに、この船の心臓部だ。

探検家や植物学者でもあった宣教師

アマゾンに比較的早い時期に入り、活動していたのは宣教師たち。

彼らは布教だけでなく、探検や調査も行っていた。

アマゾンの動植物に関する初期の知識の多くは、こうした観察や記録によって残されている。

病気や先住民との衝突で命を落とした者も多かったという。

それでもキリスト教を広めようとするその強い信念には、思わず圧倒される。

宗教の力の大きさを、改めて感じる。

ゴム産業の富裕層

ゴムブームで莫大な富を築いた「ゴム男爵」。

ヨーロッパからやってきた白人の富裕層で、贅沢な暮らしをこの地に持ち込んだ存在だ。

洗濯物すらヨーロッパ(イギリス)へ送っていたという徹底ぶり。

その影響で、イキトスは一時的に華やかな都市へと姿を変えた。

繁栄の時代を象徴する、裕福な家庭の一枚

ヨーロッパ風の暮らしと華やかな生活。

それらはすべて、アマゾンの豊かな資源の上に成り立っていた。

彼らは一瞬でこの地にやってきたけど、ゴムブームの終焉とともに、去る時もまた一瞬だった。

過酷な労働を強いられた先住民

その一方で、ゴムブームの裏側には目を背けたくなる現実がある。

先住民たちは鎖でつながれ、ゴム採取のために過酷な労働を強いられていた。

規定量を集められなければ、暴力や処罰が待っている。

多くの命が失われたとも言われている。

ゴムの塊が並べられた村

ジャングルの奥地で採取されたゴムは、こうして集められ、イキトスへと運ばれる。

そして蒸気船に積み込まれ、ヨーロッパへ。

この流れが巨大な富を生み、イキトスやマナウスといった都市を一気に発展させた。

ゴムの種子

しかし、その繁栄も長くは続かなかった。

きっかけとなったのは、この小さな種。

1876年、イギリス人ヘンリー・ウィッカムがゴムの種子を持ち出し、東南アジアへと運ぶ。

やがてプランテーションでの大量生産が始まり、アマゾンの優位性は一気に崩れた。

イキトスやマナウスは急速に衰退していく。

これは、生物資源を無断で持ち出し利益につなげる「バイオパイラシー」の代表例とも言われている。

今では問題視され、許されない行為。

それでも当時は、こうしたことが当たり前のように行われていた。

歴史上最大級ともいわれるバイオパイラシーの象徴だ。

かつてのヨーロッパが南米に対して行ってきたことの重さを思うと、胸が少し重くなる。

そんな気持ちのまま、博物館を後にした。

Casa de Fierro

イキトス最後の夜。

少し奮発して、「Casa de Fierro」でディナーをとることにした。

パリのエッフェル塔を設計したエッフェルによる設計とされる「鉄の家」。

その2階にレストランが入っている。

この建物もまた、ゴムブームで栄えた時代にヨーロッパから持ち込まれた象徴のひとつ。

かつての繁栄を今に伝える、イキトスのランドマーク的存在だ。

モダンにアレンジされた内装

店内は当時の面影を残しながら、モダンに整えられている。

歴史と現在が重なり合う、不思議な空間。

ナポリタンパスタの夕食

ナポリタンパスタとハーブティで42.1ソル(=2,021円)。

イキトスでは結構お高めではあるけど、有名な建築物の中で食事ができるなら妥当だろうか。

ここで食事をしていると、ハンモック船で一緒に旅をしたスペイン人のジョージと再会。

彼は三国国境地帯でしばらく滞在したのち、ハンモック船でイキトスにやってきたのだという。

お互いの旅の話に花を咲かせ、そのまま宿へ戻った。

明日は、長く滞在したイキトスを離れ、飛行機でエクアドルの首都キトへ向かう。

キトはアンデス山脈の谷間に位置する街で、標高は約2,850m。

アマゾンでの日々は灼熱だったけど、キトでは一気に気温が下がり、さらに標高も高く酸素が薄い。

体がこの気温差や標高差に順応できるか、少し不安もある。

それでも、キトの街歩きや郊外の観光はとても楽しみだ。

野鳥観測の聖地と呼ばれるミンドや、温泉で有名なパパヤクタにも行く予定。

治安の面で少し不安はあるけど、これまでと同じように気を引き締めて過ごそう。

そう思いながら、眠りについた。

2月22日〜2月23日:使ったお金

2月22日

・サングラス:15ソル(=685円)
・マパチョ:1ソル(=45円)
・小エビ:3ソル(=137円)
・朝食代(セットメニュー):28ソル(=1,279円)
・お菓子等:13.5ソル(=616円)

合計:2,762円

2月23日

・昼食代(ストロベリーボウル等):26.5ソル(=1,211円)
・博物館入場料:10ソル(=457円)
・夕食代(ナポリタンパスタ等):42.1ソル(=2,021円)
・バイクタクシー代(レストラン→宿):5ソル(=228円)

・バイクタクシー代(宿→空港):15.2ソル(=694円)
・朝食代(サンドイッチ等):30.5ソル(=1,393円)

※24日に支払ったバイクタクシー&朝食代は、ペルーでの合計に含めるため23日分に計上します。

合計:6,004円

これまでの旅費の合計

ブラジルからペルーでの旅費の合計は112,312円でした。

・ペルーでの滞在費(10泊):クレカ払い19,811円+キャッシング32,141円+ドル払い400ドル(=60,360円)=112,312円

合計:112,312円

よって、日本出国からペルーまでの旅費の総合計は、3,679,965円でした。