ペトラから乗合バスに揺られて、ワディラム砂漠へ。
バスを降りたあとは、宿泊先のテントのスタッフが運転するジープに乗り換え、“火星”と称される赤い荒野を巡る冒険が始まる。
岩山が突き出す乾いた大地、風に削られた奇岩群、どこまでも続く砂の谷──まるで地球とは思えない風景が広がっていた。
ここワディラムは、古くから遊牧民ベドウィンが暮らし、映画『アラビアのロレンス』や『オデッセイ』などの舞台にもなった、“火星ロケ地”の代名詞。
ジープはロレンスの泉やカザリ渓谷、キノコ岩などの名所を縫うように走り抜けていく。
夕暮れには、赤く染まりゆく空とともに太陽が砂漠の地平線へと沈む光景を見届け、キャンプ地へ。
夜は地中に埋めて蒸し焼きにする伝統料理ザルブを囲みながら、砂漠の静寂と満天の星に包まれる。
今日は、そんな“火星のような大地”ワディラムでの冒険を記録していく。
ペトラからワディラムへ|乗合バスで砂漠の村へ移動
朝6時15分、宿の前に迎えに来た乗合バスに乗り込む。

ペトラからワディラムのビレッジまでは、およそ3時間の移動。
ワディラムには数多くのキャンプ地があるけれど、今回は「Wadi Rum Fire Camp」を選んだ。
WhatsAppでのやりとりで予約したキャンプツアーの内容は、10時間のジープツアーに、昼・夕・朝の3食、サンドボード体験、送迎付きの1泊2日。
料金は1人参加の場合60ディナール(=12,200円)だったけれど、少し迷っていたら、55ディナール(=11,184円)にディスカウントしてくれたので、すぐに申し込むことにした。
バスの中では、一人旅中の日本人男性と出会った。
彼の乗車料金は9ディナール(=1,830円)だったという。
私は12ディナール(=2,430円)払っていたので、やっぱり少し割高だったみたいだ。
宿によって手数料が違うのはよくあることだし、自力で予約するのはハードルが高いから、そこは必要経費と割り切るしかない。
バスには、同じキャンプを予約していた香港人男性のマルコの姿もあり、すぐに打ち解けた。

途中でバスは、ワディラム保護区の入口にある「ビジターセンター」に立ち寄る。
村へ向かう前に、ここで入場チケットを購入する必要がある。
外国人観光客の入場料は7ディナール(=1,415円)。
ただし、ヨルダンパスを持っていれば無料になる。
チケットを購入したら再びバスに乗り込み、ビレッジの「MEETING POINT」へ。

ここで、今日の宿泊地となるキャンプのスタッフが運転するジープに乗り換え、いよいよワディラムの冒険が始まる。

ジープツアーの参加者は、香港人のマルコ、トルクメニスタン人のマックス、オーストラリア人のアッシュ、パキスタン人女性、そしてイタリアから来た家族4人。私を含めて合計9人のグループだ。
一人旅組のマルコ、マックス、アッシュとはすぐに打ち解けたけれど、最後に乗ってきたパキスタン人女性は、ちょっとクセがありそうな雰囲気。
かなりアクティブなツアーなのに、ワンピース姿で参加していて、正直少し嫌な予感がよぎった(‘A`)
岩に刻まれた古代の足跡|旅人たちが残した記録をたどる
最初に訪れたのは、「ロレンスの泉(Lawrence’s Spring)」と呼ばれる小さな湧き水のあるスポット
映画『アラビアのロレンス』にも登場し、かつてロレンス本人もここで休んだという逸話が残っている。

泉は岩山の中腹から湧き出していて、その手前には大きな一枚岩があり、表面にはサミード文字などで刻まれた碑文(リーフ)が残されている。

これらの碑文は、昔の旅人たちがこの地に水源があることを知らせるために刻んだものだと言われている。
水は、ワディラムのような乾いた砂漠地帯では命をつなぐ最も重要な存在。
岩に残された文字は、道に迷った者への道しるべであり、砂漠を旅した名もなき人々の希望の証だったのかもしれない。

黒いホースが這うように設置された急斜面をよじ登っていく。
水はこのホースを通って、下の売店まで引かれていた。
道は予想以上に険しく、岩に手をつきながら進む。
マルコが手を貸してくれて、本当に助かった。
ワンピース姿のパキスタン人女性は、登るのにかなり苦戦していた。
ワディラムを訪れる際は、グリップ力のある靴と動きやすい服が必須。

斜面には足を置けるスペースも少なく、高所が苦手な人にはスリル満点のルートだ。
ふと下をのぞくと、ジープが遥か下に小さく見えて、思わず足がすくむ。

けれども、登り切ったその先には、火星と呼ばれるにふさわしい真っ赤な大地がどこまでも広がっていた。

立ち止まって深呼吸すると、乾いた風が頬をなで、ここが本当に地球なのかと錯覚するような感覚になる。
過酷だけれど美しい、まさにワディラムらしい風景だった。
ジープに戻ると、パキスタン人女性の姿が見えない。
ふと岩山の頂上を見上げると、彼女はまだ登頂中( ゚Д゚)
しかも、下山もマイペースで写真を撮りながらのんびり戻ってきた。
すでに全員がジープに戻っていたため、イタリア人ファミリーが明らかに不機嫌になり、ブーイングが起きる。
遅れて乗り込んできた彼女は謝ることもなく、「I want to go trekking!!」を連呼。
車内の空気が少しピリついてしまった。
この先も観光スポットがいくつもあるのに、スムーズに進めるのか、少し不安になる。
気を取り直して向かったのは、「Al Ramal Red Sand Dune(アル・ラマル赤砂丘)」。

ワディラムの中でもとりわけ赤みが強いこのエリアでは、朝の光を受けて砂丘がほんのり赤く染まり、とても幻想的だった。
さらさらの赤砂は、登ってもすぐに足を取られてしまうけれど、それだけに頂上へたどり着いたときの達成感は大きい。

頂上から見下ろす景色は、どこまでも続く砂漠と岩山。
静寂の中に広がる壮大な世界に、思わず息を呑んだ。

裸足になって砂の上を歩いてみたら、思った以上に熱くてびっくり。
でも、ふかふかとした赤い砂の感触はどこか心地よかった。

この頃から、ガイドのベドウィンもようやく滞在時間を明言するようになり、「ここは20分くらい」と伝えてくれるように。
パキスタン女性も時間通りに戻ってくるようになって、少しホッとした。

次に立ち寄ったのは、「Khazali Canyon(カザリ渓谷)」。
赤茶けた岩山に、まるでナイフで切れ目を入れたような細い渓谷が走っている。
その裂け目の奥へと入っていくと、ナバタイ人によって刻まれた古代の碑文や壁画が、岩の表面に今も残されている。

岩肌には、人や動物のような素朴な線描が浮かんでいて、どれも力強く、時代を超えて旅人に語りかけてくるようだった。
渓谷の奥はそれほど深くはないが、足を踏み入れると空気がひんやりしていて、静けさが際立つ。
まるで時間が止まったかのような、不思議な空間だった。

続いて向かったのは、「Little Bridge(リトル・ブリッジ)」と呼ばれる、小さな天然の岩のアーチ。
岩を数分登れば橋の上までたどり着けて、高所が平気なら、その上を歩くこともできる。
下をのぞき込むと、思っていたよりも高さがあり、少しドキドキする。

観光中は、マルコやマックスとお互いの写真を撮りあったり、くだらない話をしたりして、一人旅同士すっかり意気投合していた。
そんな流れで、次に訪れたのは「Lawrence’s House(ロレンスの家)」と呼ばれる場所。

今は石を積んだ低い壁が残るだけの廃墟だけど、かつてはナバタイ人によって建てられた建物の跡地で、ベドウィンの話では、昔はキャラバン(隊商)の中継地として使われていたらしい。

映画『アラビアのロレンス』にも登場し、ロレンスがここで休息したという逸話から、この名で呼ばれるようになった。

建物そのものはほとんど残っていないけれど、見晴らしのいい高台にあり、風が気持ちよく吹き抜けていた。
今もどこかに旅人の気配が残っていそうな、そんな静かな場所。
誰かがここで道中にひと息ついていたのかもしれない、そんな想像が自然と浮かぶ遺構だった。
砂漠でキッチン開店!岩陰ランチと野外クッキング
名所をいくつも巡って、お腹もすいてきたころ。
ガイド兼ドライバーのベドウィン・サレムが「ランチを食べに行くよ」と笑顔でアナウンス。
どんなレストランに連れていってくれるんだろうと、ツアーメンバーが期待に胸をふくらませていると、ジープは何もない岩陰で停車。
私たち「ん…? また観光?レストランなんて見当たらないけど…(‘A`)?」
サレム「ここがレストランだよ!(・∀・)」

サレムはジープの荷台から大きな敷物を取り出し、岩陰に広げてランチの準備を始めた。
私たちはまさかこんな場所で食べるとは思っていなかったので、ちょっと驚きつつも、これぞ砂漠らしい演出にテンションが上がる。

ジープには食材や調理器具、ガスコンロまでしっかり積み込まれていて、サレムが荷台をキッチンスペースにして、手際よく調理を始めた。
ガイドも運転も料理も一手に担う彼に少しでも力になれればと、私もスープづくりを手伝うことに。

トマト、玉ねぎ、ピーマン、豆など野菜がたっぷり入った温かいスープと、トマトやキュウリをチーズと和えたアラビックサラダを一緒に作る。

缶詰のフムスやアラビックパンも並び、豪華な屋外ランチが完成した。

砂漠のど真ん中で味わう食事は、素材も調理法もシンプルなのに、驚くほど贅沢に感じる。
食後はしばらく敷物の上でごろりと横になって昼寝を楽しんだ。

ランチ後に訪れたのは「Mushroom Rock(マッシュルーム・ロック)」。
その名の通り、きのこのような形をした奇岩で、長い年月をかけて風や砂によって削られた自然の造形美。
上が大きくて下が細い、不安定に見えるバランスで立っていて、思わず「これ倒れないの?」と心配になるほど。
周囲には他にもごつごつとした岩が点在し、まるで自然の彫刻展のようだった。

夕方になり、砂漠の空気がひんやりとし始めたころ、サレムが羽織っていたらくだの毛の上着が目に留まった。
ベドウィンの伝統的な衣装で、手織りのらくだ毛の羽織は高級品だという。
彼にとてもよく似合っていて、思わず写真を撮らせてもらった。

次に訪れた「Abu Khasaba Canyon(アブ・カサバ渓谷)」では、砂の斜面を使ったサンドボード体験に挑戦。

スノーボードのような板に乗って赤い砂を滑り降りるだけのシンプルな遊びだけど、これが意外とクセになる楽しさ。
ただし、滑るより登るほうが大変。
ボードを抱えて斜面を登るのはなかなかの重労働で、柔らかい砂に足を取られ、なかなか前に進まない。
やっとの思いで登り切っても、滑るのはほんの一瞬。
でもその一瞬が風を切ってスリル満点。
砂漠の風は容赦なく、サングラスをしていても砂が目に飛び込んでくる。
思いきり叫びながら滑ったら、口の中まで砂だらけに。
ジャリジャリになりながらも、気づけばみんな笑顔で無邪気にはしゃいでいた。
“火星”の大地に沈む太陽|ワディ・ラム砂漠の夕日

最後は、サレムお気に入りのサンセットポイントへ。

岩の上に腰を下ろし、ベドウィンティーを手に夕日を待つ。

砂漠に沈んでいく太陽は、力強くまぶしいのに、どこか穏やか。
昼間の暑さが嘘のように、日が沈むにつれて一気に冷え込んでいく。
自然の厳しさと優しさを同時に感じる、印象的な時間だった。
地中に眠るザルブと星空の晩餐|ベドウィンの夜を体験
日が暮れると、キャンプ地「Wadi Rum Fire Camp」に到着。
20時半から夕食ということで、さっとシャワーを浴びる。
砂と汗で体はベタベタ。
マックスには「夜にシャワー浴びたら風邪引くよ」と忠告されたけど、さっぱりしたくてさっと済ませることに。
幸い、ホットシャワーも出て、ダウンも持参して防寒もばっちりだったので寒さは感じなかった。
夕食の時間になると、ベドウィンたちが屋外に集まり、ザルブについての説明を始めた。

地面を見ると、砂の山。
地中に埋めて蒸し焼きにする、ベドウィンの伝統料理「ザルブ」。
火を直接使うのではなく、砂漠の地熱と余熱だけでじっくり蒸しあげるという、まさに自然のチカラを活かした調理法。
無駄のないやり方が、ベドウィンらしくて、どこかワイルドでかっこいい。

砂に埋まった鉄鍋を掘り起こし、フタを開けた瞬間、熱々の湯気がふわっと立ちのぼり、スパイスの香ばしい匂いが空気に広がる。

地中でじっくり蒸された野菜たちが顔をのぞかせ、食欲をそそられる光景だった。

ベドウィンたちが鍋を砂から持ち上げた瞬間、その迫力に「おお〜!」と歓声があがる。

鉄鍋は3層になっていて、上段にはポテト、にんじん、ズッキーニの野菜、中段、下段にはチキンがぎっしりと盛られていた。

テーブルにはザルブのほかにも数種類のおかずが並び、ビュッフェ形式でそれぞれ好きなだけ取り分けるスタイルだった。

どれもおいしかったけれど、中でもほくほくのザルブのポテトが一番のお気に入り。
ただの蒸し料理なのに、砂漠で食べるというだけで、何倍も特別に感じられた。
夜は、焚き火を囲んでマルコと一緒に星空を眺める時間。
ベドウィンティーを飲みながら、流れ星が現れるのを待って空を見上げていたら、いつのまにかうとうとしていた。
無理もない。
ペトラ遺跡では連日たくさん歩き、今日のワディラムでも岩山や砂丘をトレッキングし続けて、体はもう限界に近かった。
そんな様子を察してか、マルコが「もうテントで休もう?」と声をかけてくれて、この日は焚き火をあとにし、早めに就寝することにした。

テントの中は、ベッドが2つと小さな電球だけのシンプルな造り。
今回は一人で使えるので、部屋にあった毛布を4枚すべて重ね、ダウンを着込んでぬくぬく就寝。
寒さをまったく感じることなく、ぐっすりと眠ることができた。
5月2日:使ったお金
ワディラム砂漠キャンプツアーの代金は翌日支払いだったので、この日の支出は入場料とチップのみ。
・ワディラム砂漠入場料:7ディナール(=1,415円)
・チップ代:2ディナール(=404円)
合計:1,819円