さよなら、ダハブ。
“沈没生活”から一転、今日は旅始まって以来の最もスリリングな1日となった。
向かう先はカイロ。
ミニバスは、外務省が「危険レベル3」とするシナイ半島を突っ切り、スエズ運河の下をくぐるルート。
だが、本当の危険は、車内に潜んでいた( ゚Д゚)
トイレ休憩地から突如現れた、無賃乗車&挙動不審のカナダ人女性。
怒って降車する乗客たち、車内に広がる謎の紫のスプレー、Fワードの嵐…。
パニックと恐怖の中、私の白い服にも降りかかる災難。
そしてついに、ドライバーが下した驚きの決断とは――。
ダハブからカイロへ|ミニバスでシナイ半島を横断する

ダハブからカイロ行きのバスは、各社が複数運行していて、大型バスからミニバスまで選択肢は多い。
夜行便が一般的だけれど、危険レベル3のシナイ半島を夜に通過するのは不安だったので、昼便を選択。
評判の良かったWe BusやEveryday Busにも惹かれたが、やはり安心の大手Go Busを選び、10時発の便を予約。

待合所では子猫がうろうろしていて、のどかなひととき。
まさかこの後、とんでもないことになるとは思いもよらず、猫と戯れていた。

出発の時間になると、ミニバンが到着。
運転手にバックパックを渡すとチップを要求されたので10ポンド(=28円)を渡す。

席は指定されていて、私はドアに一番近い席を確保していた。


バスはダハブを出発し、シナイ山がある地域をかすめながら、西へと向かってひたすら砂漠を走る。
私はそのほとんどの時間を眠っていたけれど、目を覚ますと、車窓の外にはどこまでも続く乾いた砂と岩の風景が広がっていた。
建物も信号もほとんどない一本道。
途中にいくつか検問はあったものの、大半はただの荒野だった。
バスに現れた異常な乗客|紫スプレーと恐怖の車内

トイレ休憩のために停車した売店は、小さな建物がぽつんとあるだけの簡素な場所。

私はパンとヨーグルトジュースを買って、立ったまま軽く昼食。
そんな穏やかな時間が、急に不穏な空気に変わる。
ふと視界に入ったのは、小さなバックパックを背負い、バスの窓を次々に覗き込んでいるひとりのカナダ人女性。
目はうつろで、動きもどこかおかしい。
薬か、精神的な問題か……とにかく、近づいてはいけないと直感した。
ここはシナイ半島のど真ん中。
周囲にはホテルもレストランもなく、砂と岩と道路しかない。
そんな何もない空間に、異質な存在がふらふらと歩いていること自体が、もうすでに怖かった。
そして数分後――。
バスが出発しようとした瞬間、数人のエジプト人が運転手の前に立ちはだかり、「彼女を乗せろ」と詰め寄っていた。
ドライバーは最初こそ拒否していたものの、押し切られる形でドアを開けてしまった。
チケットもないまま、例のカナダ人女性がバスに乗り込んでくる。
すると、乗っていたエジプト人女性3人が怒って荷物を持ち、降りていってしまった。
私も正直、降りたかった。
けれど、この場所にひとり取り残されるほうがもっと怖い。
私はそのままバスに残ることにした。
こうして、狂気の女との恐怖のシナイ横断ドライブが、静かに幕を開けた。

その女はバスのいちばん後ろに座った。
他の乗客――エジプト人男性2人、別のカナダ人女性、そして私の4人は、自然と前方にかたまり、距離を取る。
彼女はバックパックを背負ったまま、横向きで座り、ずっとぶつぶつと独り言を言いながら、謎のスプレーを連発していた。
エジプト人のアハメッドが注意すると、彼女は逆ギレしてFワードの嵐。
これはもう、関わらないほうがいいと判断し、車内は重い沈黙に包まれた。
ただ、そのスプレーは明らかにおかしかった。
勢いよく噴射された霧が私のほうまで届き、ふと白いブラウスを見ると、紫の染みがいくつも……。

「なにこれ……?」と頭が真っ白になった。
アハメッドに助けを求めると、彼は私のブラウスを見て一瞬で表情を変えた。
怒りと呆れが混じった、忘れられない顔。
すぐに運転手に報告し、次の検問で彼女の異常行動を訴えた。
麻薬探知犬も車内を嗅ぎまわったが、何事もなかったかのように通過。
あのスプレー、変な匂いがしたし、ヤバいやつだったと思う。
彼女の手足も紫に染まっていて、いったい車内で何をしていたのか想像もできなかった。
それでも、彼女はスエズ運河の検問を通過してしまった。
その後、売店で2回目のトイレ休憩。
私は手に付着した液体を必死に石鹸で洗い流した。
ようやく落ちたけれど、肌にまで染み込むような成分で、やっぱり普通のスプレーじゃない。
CBDかTHCか、あるいはそれ系の合成薬品かもしれない。
お気に入りの白ブラウスは、もう処分するしかなさそう。
トイレから出ると、運転手が私に目配せしてきた。
その近くにいたモハメッドが、まともなカナダ人女性と私を呼び寄せ、店の裏へと誘導。
そこで私は察した。
――あ、置き去りにする気なんだ。
裏ではもう一人のエジプト人が待っていて、私たちは急いでミニバンに飛び乗った。
バスはクレイジー女の前を大きく回り込むようにして走り出す。
彼女は外でタバコを吸っていたが、バスが出発したことに気づいていない様子。
でも、もし気づいたら…と想像するとゾッとした。
彼女の荷物が一部まだバスに残っていたが、誰も気にする余裕はなかった。
なぜ彼女はずっとバックパックを背負ったままだったのか。
その理由が、ようやくわかった気がした。
彼女はおそらく、今までも何度も置き去りにされてきたんだろう。
バッグが異様に小さいのも、そうして繰り返し失ってきたからかもしれない。
そんなことを考えながら、バスは無言のままカイロを目指して走り続けた。

18時過ぎ、バスはカイロ・タヒリールのバスターミナルに到着。

ドライバーと彼女が座っていた席を見ると、そこには小さなポーチと買い物袋。

ポーチの中からは、乾燥した植物片の入った容器が出てきた。
海外のディスペンサリーで見かけるような、明らかにヤバそうな容器。
ドライバーは呆れながら「会社に報告する」と言っていた。
ずっと自分の荷物には気を配っていたけれど、もし彼女の荷物が混じっていて、検問であらぬ疑いをかけられていたら……と思うと、ゾッとした。
無事にカイロまで辿り着けて、本当に良かった。
レトロなエレベーターにびっくり|カイロの宿に到着

今夜の宿は、エジプト考古学博物館の目の前にある「Heritage Hostel Cairo」。

建物全体が古くて、エレベーターも今にも止まりそうなほどレトロ。
でも、周囲を囲むらせん階段と相まって、どこか味がある。


エレベーターは自動じゃなくて、ドアの開け閉めは手動。
レトロ感が際立つけれど、慣れないとちょっとドキドキする。
2階に宿があるので、階段でもアクセスできる。

今回は、朝食付きの女性専用ドミトリーに1泊。
料金は570ポンド(=1,651円)。
カイロにはもっと安い宿もあるけれど、あまりにボロボロなのは避けたい。
でも個室だと高すぎる。
そのちょうど中間くらいで、この宿は妥協点としてちょうどよかった。

部屋は4人部屋できれい。
ベッドもしっかりしていて、マットレスも寝心地がいい。


ただ、シャワールーム兼トイレが2つしかないので、混み合う時間帯は少し不便。
“炭水化物モンスター”を堪能|カイロ名物コシャリの名店へ

宿の周辺には、くすんだ洋風の建物が並び、服屋、香水屋、屋台、電器店がひしめき合う。
道には人と車、そしてクラクションがあふれていて、ホコリっぽくてうるさい。
でも、妙にエネルギーがあって、まさに“カイロらしい”雑多な雰囲気だった。

そんな喧騒の中で向かったのは、カイロ名物コシャリの名店「Abou Tarek」。

店内では、職人が手際よく盛りつける調理パフォーマンスも見どころのひとつ。


皿の上には、米、マカロニ、スパゲッティ、レンズ豆がどっさり盛られている。
最初はトマトソースをかける前の状態で提供され、見た目は“炭水化物の標本”のよう。

そこに、ヒヨコ豆とカリカリの揚げ玉ねぎ、そして甘酸っぱいトマトソースをたっぷりかけて、豪快に混ぜる。
見た目はカオスだけど、食べてみると意外なほどクセになる味。
まさに“炭水化物モンスター”。
ただの移動日のはずが、予想外のトラブルでぐったり。
この日は、コシャリを食べ終わったあと、あっという間に眠りに落ちた。
5月13日:使ったお金
バス代は事前に支払っていたため、この日は宿代や食費、チップなどの出費のみ。
・宿スタッフチップ:100ポンド(=289円)
・水:10ポンド(=28円)
・バス荷物チップ:10ポンド(=28円)
・軽食代(パン等):70ポンド(=202円)
・宿代(1泊分):570ポンド(=1,651円)
・夕食代(コシャリ等):85ポンド(=246円)
合計:2,444円