世界一周ルートを公開!予定変更しながら1年間旅した31カ国

旅の準備

2025年4月4日から2026年3月24日まで、約1年間かけて世界一周の旅をしてきた。

出発前に考えていたルートは、中央アジア・中東からアフリカ、ヨーロッパ、南アジア、北アメリカ、南アメリカへと進むもの。

実際に旅を始めてみると、予定通りに進んだところもあれば、途中で変更したところもあった。

行けなかった場所がある一方で、予定していなかった場所を訪れたり、ビザが取れずにルートを変更したり、疲れや暑さに負けて予定を変更し、海辺の街でゆっくり過ごしたことも。

交通事情や航空券の価格、ビザ、旅の疲れなど、その時々の状況に合わせてルートを調整しながら、約1年間旅を続けた。

今回は、実際にどんなルートを旅したのかを紹介しながら、予定していたルートからどこが変わったのか、そして、なぜそのルートを選んだのかを振り返っていく。

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これが1年間旅した世界一周ルート

2025年4月4日から2026年3月24日まで、約1年間かけて世界一周をしてきた。

まずは、実際に旅したルートを地図で紹介する。

↓Googleマップでルートを確認できます↓
青ボタンを押してください

赤線は前半4月〜9月までのルート/青線は後半10月〜3月までのルート

赤線は4月〜9月までの前半、青線は10月〜3月までの後半のルート。

↓実際に旅した1年間の日程表はこちら↓
クリック・タップすると開きます

国・地域地域滞在期間滞在日数
🇰🇷 韓国アジア2025/4/4〜4/52日間
🇺🇿 ウズベキスタンアジア2025/4/5〜4/1612日間
🇴🇲 オマーン中東2025/4/16〜4/2510日間
🇯🇴 ヨルダン中東2025/4/25〜5/410日間
🇪🇬 エジプト中東2025/5/5〜5/2521日間
🇿🇦 南アフリカ共和国南アフリカ2025/5/26〜5/305日間
🇳🇦 ナミビア南アフリカ2025/5/31〜6/1112日間
🇿🇲 ザンビア南アフリカ2025/6/12〜6/187日間
🇧🇼ボツワナ南アフリカ2025/6/141日間
🇿🇼ジンバブエ南アフリカ2025/6/151日間
🇹🇿 タンザニア東アフリカ2025/6/18〜7/518日間
🇰🇪 ケニア東アフリカ2025/7/5〜7/117日間
🇸🇳 セネガル西アフリカ2025/7/11〜7/2010日間
🇲🇦 モロッコ北アフリカ2025/7/21〜8/1122日間
🇪🇸 スペインヨーロッパ2025/8/11〜8/122日間
🇵🇹 ポルトガルヨーロッパ2025/8/13〜8/197日間
🇪🇸 スペインヨーロッパ2025/8/20〜8/289日間
🇹🇳 チュニジア北アフリカ2025/8/28〜9/1014日間
🇩🇪 ドイツヨーロッパ2025/9/10〜9/156日間
🇨🇭 スイスヨーロッパ2025/9/15〜9/239日間
🇹🇭タイアジア2025/9/241日間
🇯🇵 日本アジア2025/9/25〜9/306日間
🇹🇭タイアジア2025/10/1〜22日間
🇳🇵 ネパールアジア2025/10/2〜10/2625日間
🇲🇽 メキシコ北アメリカ2025/10/26〜11/2127日間
🇦🇷🇨🇱 パタゴニア南アメリカ2025/11/22〜12/1019日間
🇨🇱 チリ南アメリカ2025/12/10〜12/123日間
🇲🇽 メキシコ北アメリカ2025/12/12〜12/154日間
🇵🇪 ペルー南アメリカ2025/12/16〜12/3116日間
🇧🇴 ボリビア南アメリカ2025/12/31〜2026/1/1112日間
🇨🇱 チリ南アメリカ2026/1/11〜1/166日間
🇦🇷 アルゼンチン南アメリカ2026/1/17〜1/248日間
🇺🇾ウルグアイ南アメリカ2026/1/191日間
🇵🇾 パラグアイ南アメリカ2026/1/24〜1/307日間
🇧🇷 ブラジル南アメリカ2026/1/30〜2/1315日間
🇵🇪 ペルー南アメリカ2026/2/13〜2/2412日間
🇪🇨 エクアドル南アメリカ2026/2/24〜3/1924日間
🇺🇸 アメリカ合衆国北アメリカ2026/3/20〜3/234日間
🇯🇵 日本日本2026/3/24

旅の大部分はひとり旅だったが、ドイツ・スイスでは家族と合流し、ネパール、メキシコ、パタゴニアでは父と2人で旅をした。

前半は、中央アジアから中東、アフリカ、ヨーロッパへ。

ドイツ・スイスでは家族と合流して家族旅行を楽しみ、その後、家族と一緒に一度日本へ帰国した。

日本で過ごしたのは、わずか6日間。

そして10月から、再び旅を再開した。

後半はタイを経由してネパールへ入り、そこからメキシコ、パタゴニアまで父と2人で旅をした。

パタゴニアで父との旅を終えたあとは、再び一人旅に戻り、南米を巡った。

最後はアメリカを経由して、2026年3月24日に日本へ帰国。

こうして約1年間の世界一周を終えた。

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予定は31カ国!実際に行けなかった国は?

では、このルートは出発前に考えていたものと、どれくらい違ったのか。

なんと、実はほぼ予定どおりだった。

出発前には、訪れる国と大まかなルートをかなり細かく計画していた。

予定していたのは31カ国。

実際に旅を終えてみると、行けなかった国はモーリタニアと西サハラの2つだけだった。

一方で、予定には入れていなかった韓国とタイには、トランジットの関係で短期間ながら滞在することになった。

結果的に、実際に訪れた国も31カ国。

国数だけを見ると、予定していたのとまったく同じになった。

ただし、訪れる都市や地域、滞在日数はけっこう変わった。

「どの国へ行くか」はかなり予定通りだったけれど、「その国でどこへ行くか」「どこに何日滞在するか」は、旅をしながら変更していった部分も多い。

ここからは、そんな旅の途中で起きた予定変更を順番に振り返っていく。

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変更① 楽しみにしていたタンザン鉄道を諦め、ザンジバルへ

アフリカでは、ザンビアからタンザニアへタンザン鉄道に乗って移動する予定だった。

鉄道で国境を越えながらタンザニアへ向かう、かなり楽しみにしていたルート。

ところが2025年は、ザンビアからタンザニアまで直行する列車がなく、国境で乗り換える必要があった。

しかも接続もあまり良くなく、その後の旅程を考えると、タンザン鉄道で移動するのはなかなか難しい状況だった。

そして、もうひとつ大きかったのが、自分自身の疲れ。

この頃には、南アフリカ共和国、ナミビア、ザンビア、ボツワナ、ジンバブエと、南部アフリカをかなりのペースで移動していた。

エジプトのダハブで一度休憩していたとはいえ、移動の多い旅が続き、少しずつ疲れも溜まってきていた頃。

そこでタンザン鉄道にこだわるのをやめ、ザンジバルで過ごす時間を前倒しすることにした。

結果的には、これがかなり良かった。

ザンジバル・ナクペンダ島にて

ザンジバルでは、ストーンタウン、ヌングイ、パジェなど、いろいろな場所を巡りながら、ビーチでゆっくり過ごした。

予定より長く滞在できたことで、ひとつの場所を急いで回るのではなく、島のいろいろな村を巡ることもできた。

きれいな海を眺めながら過ごす時間は、移動続きだった旅の良い気分転換にもなった。

長期間の旅では、ずっと移動し続けるのではなく、途中でちゃんと休むことも必要。

1年間旅を続けるには、行きたい場所へ行くことと同じくらい、しっかり休むことも大切なのだと実感した。

変更② ビザに2度振られ、モーリタニア入国に失敗

予定していた国の中で、実際に行けなかったのがモーリタニアと西サハラ。

モーリタニアで一番楽しみにしていたのが、砂漠の中を走る「アイアントレイン」と呼ばれる貨物列車に乗ることだった。

2025年はアライバルビザが廃止され、事前にe-Visaを取得する必要があったため、ケニアにいる頃から申請していた。

ところが、なぜか2回もリジェクト。

理由は最後まで分からなかった。

それでも諦めきれず、セネガルからディアマ国境まで行き、ビザなしで突撃するも、モーリタニア警察に囲まれてあえなく撃沈(‘A`)

泣く泣くモーリタニアと西サハラを諦め、高騰していたモロッコ行きの航空券を購入してモロッコへ飛ぶことになった。

レストランの看板猫ブカルちゃん

ただ、そのおかげで予定より時間ができたため、モロッコではいろいろな都市を巡り、エッサウィラではしばらく沈没。

タジン鍋などのモロッコ料理を楽しみながら、街のねこと戯れ、しまいにはレストランの看板猫ブカルちゃんに恋に落ちた(*´Д`*)

アイアントレインに乗れなかったのは心残りだけど、これもまた、予定通りにいかなかったからこそ生まれた旅の思い出になった。

予定外の寄り道や足止めが、あとから振り返ると強く記憶に残っていることもある。

変更③ チュニジアが暑すぎて、砂漠を捨てて海へ

チュニジアも、当初の予定ではもう少しアクティブに動くつもりだった。

砂漠地帯へ行ったり、クサールを巡ったり、行きたい場所はいろいろあった。

ところが、実際にチュニジアへ行ってみると、8月のチュニジアはとにかく暑い。

「もう無理……溶ける(‘A`)」となった(笑)

スースで延泊を重ねたオーシャンビューの宿

結局、予定していた砂漠方面への旅を諦め、スースの海辺でゆっくり過ごすことに。

地中海を一望できる宿が気に入り、延泊を重ねる日々。

エアコンの効いた部屋からずーっと海を眺めながら、ブログを書いたり、のんびり過ごした。

ここでしっかり休んで体力も気力も回復。

ドイツ・スイスでの家族旅行に向けて、下調べや準備も整えた。

その後、ドイツで家族と合流し、思いっきり旅を楽しむことができた。

変更④ イースター島を諦めて、父とカンクンでリゾート満喫

父との2人旅でも、大きな変更があった。

10月から12月まで、父と一緒にネパール、メキシコ、パタゴニアを旅した。

エベレスト街道トレッキングのあとメキシコへ入り、コロニアル都市を巡ってからイースター島へ行き、パタゴニアへ向かう予定だった。

ところが、イースター島への航空券が数か月前から大幅に高騰。

購入のタイミングを逃し、結局イースター島行きを断念することになった。

その代わり、予定になかったカンクンへ。

メキシコでは治安に気を配りながら旅を続け、その後にはパタゴニアのトレッキングも控えていた。

そんな中、カンクンで思いっきり休めたのは、結果的にちょうど良かった。

カンクンのオールインクルーシブホテルに滞在

カリブ海のリゾート地でオールインクルーシブホテルに泊まり、食べて、飲んで、リゾートステイを満喫。

イースター島に行けなかったのは残念だったけれど、予定変更の先で、思いがけず父との大切な思い出が生まれた。

すっかりオールインクルーシブの素晴らしさを学習してしまった父は、帰国してからも「あれは良かった」と何度も話している。

どうやら父にオールインクルーシブの快適さを教えてしまったらしい(‘A`)

責任を取って、また連れて行かなければと、次の親子旅のオールインクルーシブを探している(笑)

変更⑤ アマゾンで完全に消耗し、エクアドルへ逃げる

南米でも、旅の途中で予定を変更することになった。

ブラジルからペルーへ向かったアマゾンの旅は、とにかく過酷だった。

ジャングルでのサバイバルキャンプ、ハンモック船でのアマゾン川遡上。

猛暑の中、エアコンもない生活で体力を削られ、最後はアヤワスカのセレモニーでトドメを刺された。

アヤワスカは、この旅の中でも特に印象に残る、他ではできない貴重な精神世界の体験だった。

一方で、想像以上に心身への負担も大きかった。

本当はもう少しアヤワスカの体験を続けるつもりだったけど、2泊3日のセレモニーを終えた時点でかなり消耗していた。

そこで予定を前倒ししてエクアドルへ。

赤道直下でも標高の高いキトやミンド、パパヤクタは過ごしやすく、灼熱のアマゾンから移動すると体が一気に楽になった。

パパヤクタ温泉

ミンドではハチドリを観察し、パパヤクタでは温泉に浸かってゆっくり過ごした。

田舎の村では人も親切で、穏やかな時間が流れていた。

エクアドルの見どころは、キトとガラパゴス諸島だけじゃない。

結果的には、予定を変更したことで、エクアドルの田舎の魅力を知ることができた。

1年間旅するなら、予定を詰めすぎないほうがいい

実は、出発前から無茶な計画を立てていたわけではない。

エジプトのダハブ、タンザニアのザンジバル、パラグアイの日本人居住区など、最初から「沈没ポイント」をいくつか作っていた。

国数も、1年間で50カ国以上を巡るバックパッカーも多い中、あえて31カ国に絞り、一つの国をじっくり味わうことを意識していた。

これなら余裕を持った旅程だと思っていたけれど、実際に旅をしてみると、それでも休みが足りなかった(笑)

ただ、すべての行程をガチガチに決めていたわけではない。

スペインのトマト祭りやメキシコの死者の日など、事前予約が必要な予定は先に押さえ、それ以外はあえて余白を残していた。

そのおかげで、疲れたら滞在を延ばしたり、行き先を変更したり、そのときの状況に合わせて旅程を調整することができた。

旅の大枠は決めておきながら、細かい部分は旅をしながら変えていく。

この余白があったからこそ、予定を変更しながらでも1年間の旅を続けることができた。

1年間の世界一周を終えて、思ったこと

実際に旅したルートを振り返ってみると、出発前に思い描いていた世界一周が、少しずつ形を変えながら1年間の旅になっていた。

行きたかった場所に行けなかったこともあったけれど、その代わりに予定にはなかった場所でゆっくり過ごしたり、思いがけない出会いや思い出が生まれたりもした。

特に、エッサウィラやカンクンなど、当初の予定から変わった場所で過ごした時間は、今振り返っても強く印象に残っている。

これから世界一周に旅立つ人にも、予定外の出来事も含めて、自分なりの旅を楽しんでほしい。

実際に訪れた31カ国の旅は、「世界一周まとめ」からご覧ください👇️